「…くん、」
「…」
「轟くん、」
「…」
「師匠!」
「…ん、」


夢を、見ていたみたいだ。
まだ半分眠っているぼーっとする頭であたりを見渡せば、見慣れた和室に、机を挟んだ反対側には苗字の姿。


「あ、起きた!」
「…悪ぃ、寝ちまってた」
「ううん、謝らないで…その、つい鼻歌歌ってたら個性出ちゃったみたいで、」


眉を下げて困ったようにヘニャリと笑う苗字の言葉にどうりで、と納得がいく。


「そういうことか」
「うう…ごめんね」
「気にすんな、よく寝させてもらった。それより課題は大丈夫か?」
「あ、うん!それは師匠に教えてもらった式でバッチリです!」
「そうか、よかった」


得意げにサムズアップする苗字に思わずこちらまで笑顔になってしまう。
彼女の一挙一動にこんなにも気持ちを揺さぶられるようになったのはいつからだろう。
今日みたいに勉強を教える機会を繰り返す中で、気付けば彼女にただのクラスメイト以上の気持ちを抱いている自分に気が付いた。


「そういえば…」
「どうかしたか?」
「何か夢でも見た?寝顔がなんだか幸せそうだったよ」


机から身を乗り出して問いてくる苗字は、抜けているようで案外洞察力が鋭くて。


「ああ、苗字に初めて勉強教えた時の夢見てた」
「ええっ!は、恥ずかしい…」
「なんだ、自分から聞いてきたんだろ?」
「そうだけど…あ、でもあの時のおかげでこうして師匠に師匠になってもらえたので…」


ゴニョゴニョと続ける苗字の顔が心なしか赤くなっているのは、俺のせい、だろうか。


「あ、師匠!課題終わったから、今日はそろそろ失礼するね」
「ん?もうそんな時間か」
「今日もありがとう、おやすみなさい」


スマホに指をかざして時間を確認すれば、確かにそろそろ高校生男女が一緒に部屋で過ごすにはいささか不健全な時間になるつつある。
机に広げていたテキストとノートをパタンと畳んでお邪魔しました、と立ち上がる苗字に少し名残惜しさを覚えるが、まだ自分には彼女を引き留める権利なんてない。
いつか自分が彼女の憧れる存在を本当に超えた時にこの思いを伝えると、この気持ちを自覚した時に決めたのだから。


「ああ、おやすみ苗字」


部屋の扉から出て行く苗字を見送りながら、せっかく一緒にいられたのに眠ってしまった事を少し後悔しつつ、机の上に並ぶ2つの湯呑みを見て確かに彼女が自分の部屋にいた形跡を噛み締めた。



かけひきなんてできないの



いつかその時が、願わくば1日でも早く訪れますように



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