「苗字さん、大丈夫?」
「うん大丈夫。今日はごめんね」
「そんな、謝らないで。…僕こそごめん」
繁華街を抜けてもうかれこれ15分ほど。
まだ終電もなくなっていない時間だし、と甘く見ていたけれど週末の夜だからかタクシーが全く捕まらず、車が行交う大通り沿いを彼の背中で過ごしている。
緑谷君から「苗字さんお家どこ?」と聞かれて1つ隣の駅を告げれば、じゃあこのまま送るよとどこまでも優しい彼に甘えることにした。
「なんで緑谷君があやまるの?」
「いや、僕が引き止めちゃって苗字さん今日みんなと話せなかったんじゃないかなって思って…」
「あはは、たしかにみんなとはあまり話せなかったけど、今をときめくデクと話せて光栄だよ」
「もう、その呼び方はやめてよ」
顔は見えないけれど赤く染まる耳に彼の表情が想像できる。
きっと困ったように笑っているんだ。その控えめな笑顔が好きだった。
「あ、ここ右、」
「あ、うん」
大きな十字路を右に曲がってもらって、数百メートルまっすぐ進んだところで1つ裏道に入れば私の住むマンションだ。きっとあと5分もすればたどり着く。
緑谷君の肩に頭を預ければ、彼のふわふわな髪が頬をくすぐって気持ちいい。
(これでよかった)
目の前の彼は大きな夢を叶えて、でもまだ高みを目指して奮闘していて。
あの時気持ちを胸にしまったことは間違っていなかった、と今日久々に話をして実感した。
どこまでもストイックにヒーローとして高みを目指す彼に現を抜かす暇はないはずだ。
(だからあと数分だけ)
あの時夢見たこうして2人で過ごす時間を噛みしめて、あの時伝えられなかった気持ちを消化しよう。
ちょっとずるいかもしれないけれど、でもきっと根っからヒーロー気質な緑谷君なら、そんなずるい大人の事も許してくれちゃうはずだから。
そう心に誓って緑谷君の二の腕を掴む指に少しだけ力をこめたら、ふと彼の歩みがゆっくりになってポツリと言葉をこぼされる。
「でも僕もずっと苗字さんと話したかったから今日は来てよかった」
「またそんな…」
「いや本当だよ」
緑谷君の口調がちょっとだけ強くなる。
(なんで…)
目的地はもう目の前だ。
あの時の気持ちはちゃんとこの帰り道で消化した。
それなのに、彼は何を考えているんだろう。だってこんなの意地悪すぎる。
彼の優しい言葉にずっと救われてきた。
でもそれは皆に向けられたものであるし、彼がヒーローである所以だ。
勘違いしないように、期待しないように。
続きを聞いてしまったらせっかく消化した気持ちがまた現れてしまう。
「緑谷く…「苗字さん、僕ね」
彼の言葉を遮るべく呼びかけると強い口調に遮られる。
「アメリカに留学して、ずっと憧れていたヒーローになれていますごく充実してて」
「…うん」
「でもまだまだサイドキックだし、かっちゃんや轟君見てるともっともっと頑張らなきゃって思うんだ」
一緒に飲んだカクテルに彼も酔っているのだろうか。
後ろからではその表情は見えないけれど、ぽつりぽつりと溢される言葉に、いつも彼がしてくれたように言葉を選んで返事をする。
「緑谷君はもう立派にヒーローだよ。今日だってこうして私を送り届けてくれたし、」
「ううん…ヒーローなのに正々堂々自分の気持ちを伝えることもできないし…まだまだなんだ」
「、え?」
「けど、あの頃の僕よりは強くなったと思う」
目的地に到着して、彼の歩みが止まる。
「だから、伝えてもいいかな」
カミカゼ
カクテル言葉:あなたを救う
(ずっと好きでした)
(…うん、私も)
ああ、やっぱり彼は誰よりヒーローだ
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