細くて白くて節くれだった、彼の手が好きだ。
あの綺麗な手と、いつか手を繋げたらいいなぁ、なんて。
そんな中学生みたいなことを思う私は、なんだかんだもうお嫁に行ってもおかしくない年頃なんだけれど。


「名前」
「…」
「おい、名前」
「んー、なぁに?弔くん」


私が体育座りするソファの向かい側のソファに腰かけている彼が、低くて優しい艶っぽいちょっと冷たいテノールで私の名前を呼んでくれる。


「名前、さっきから何見てる」
「んー、弔くんの手」
「…手?」
「うん、綺麗だなあって思って」


ここのところ、色々あった。
いや、色々ありすぎた。
そんなこんなで我々敵連合はこんな辺鄙なところにあるぼろっちい小屋を拠点にしているわけだけれど。


「私あのBar気に入ってたんだけどなぁ」
「あんなとこでも住めば都だったのかもな」


あーあ、と声をこぼしてぐるっとあたりを見渡せば、多少綺麗に整えたとはいえ廃墟であった片鱗がまだまだ感じられる室内は今は私と弔くんだけの世界だ。
ソファの背もたれに思いっきり寄りかかっても固いこのソファは私の体を包み込んでなんてくれなくて、ますます大きなため息が漏れる。


「名前」
「なぁに?弔くん」
「こっち」
「はーい」


また私の名前を呼んだ弔くんは、自分の座る隣をコツンと人差し指で示す。
でも、私の特等生はそこじゃない。
重たい腰をあげて彼の元へ歩み寄ったら、よいしょって小さい声で呟いて、弔くんに向き合うみたいに彼の膝の上に跨る。
女の子だから、本当は彼にギュってしてもらうのが憧れだけど。
きっとこんな時普通の恋人同士なら、彼が私の腰元をぎゅって優しく支えてくれるのだろうなって思うけど。


「…名前は、これでよかったのか」
「これ、って?」
「お前の居場所は本当にここでよかったのか、って聞いてる」


弔くんの問いかけは、悲しい。


(…触れてもらえないって、悲しいなぁ)


決して彼にはいえないけれど、どうしたって思ってしまう本音を心の中でつぶやきながら、返事をする代わりに思いっきり弔くんを抱きしめる。
触れる肌はかさついて、でもあったかい。
0距離で感じる大好きな彼の香りを肺いっぱいに吸い込めば、彼を感じることができる。


(でもきっと、触れられないってもっと悲しい)


「…ねえ、弔くん」


彼の肩に預けていた顔をぐっと起こして視線を交えれば、弔くんの真っ赤な瞳には私だけが映っている。


「弔くん、だいすき」


悲しい言葉を紡ぐ彼のかさつく唇を、もうそんな言葉を紡がないように私の唇で蓋をした。


「…甘いな」
「リップ。塗ってないでしょ、この間あげたのに」
「甘ったるい匂いは好きじゃない」
「でもメントールのやつも嫌だって言った」
「あれはひりついて痛むんだよ」


手も繋いだことがないのに、唇を重ねる私たちはきっと普通じゃない愛の形かもしれないけれど。


「弔くん」
「…なんだよ」


甘い匂いは好きじゃないというわりに口元を拭うでもない彼のまだカサついた唇に、もう一度軽く口付ける。


「私の居場所は、ここだよ」



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花言葉:勝利、正義感、あなたの悲しみに寄り添う、寂しい愛情



だって、これからも私がリップを塗ってあげなきゃだもん。



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