「ねー仁くん、一本ちょうだい」
「ん、いいぜ苗字ちゃん」
『ダメだ泥棒猫』


肺いっぱいに吸い込んだアメスピを吐き出せば、冬の乾燥した空気に白い吐息と煙が吐き出される。
隣からも、同じく白い煙が燻る。


「…はぁ」


少し説明しよう。
俺の隣でため息と一緒に白い煙を吐き出す彼女、苗字ちゃんは俺の大事な大事な仲間の1人だ。
義爛から紹介されてこの敵連合に所属した俺よりも前から敵連合にいた苗字ちゃんは、過去にいろんなことがあったみたいでいわゆる”ワケアリ”ってやつらしい。
まあそもそもなにもわけのないやつはこんなところに属したりなんてしないんだろうけど。


腰まであるウェーブがかかったふわふわの髪と、髪と同じ色の大きな瞳はちょっと猫目で長いまつ毛に縁取られて、綺麗と可愛いがちょうどいいバランスの苗字ちゃんは、本人曰く”お嫁に行ってもおかしくないお年頃”だそうだ。


「弔くん、大丈夫かな」
「あいつなら大丈夫だろ」
『あいつはもうダメだ』


そんな苗字ちゃんの今の不安のタネは、俺達のボスであり彼女の恋人でもある死柄木弔のことである。
今、彼女の最愛の恋人は、化け物の主になるべく睡眠不足な中必死をこいて戦っている。
俺達も小一時間前に一度戦線離脱してきたところだが、目の前で最愛の人がボロボロになっていく姿はなかなか精神的にきついものがあるだろう。
これがトガちゃんであれば垂涎ものだろうけれど。


まだ夕方なのにあたりはすっかり日が落ちて、今がもう冬であることを告げてくれる。
マイホームというには少し抵抗があるけれど、雨風をしのぐには十分役目を果たしてくれているオンボロな小屋の外で肩を並べてタバコを吸う俺達の頬を撫ぜる風はすこし痛みを感じるほど冷たくて、吐き出した白い息をふわりと何処かに連れていく。


「そうだよね、大丈夫だよね」
「ああ、死柄木なら大丈夫だ」
『だからもうダメだって言ってるだろ』


視界を遮るものが何もないこの山奥では無駄に空が近くに感じられる。
何もない空を見つめながらまたため息をこぼす彼女は、クルンと長いまつげをふるりと震わせて、何もない空を見つめながらまるで母親に同調を求める子供みたいに何度も繰り返し「大丈夫」って言葉を求める。
こんなかわいい子にこんなに心配かけて死柄木の奴は全く罪深いやつだ。


「あ、1番星」
「お、本当だ」
『嘘じゃねーか』


先ほどからため息ばかりこぼす彼女のつぶやきに、黒で一面を覆われた空を見上げれば1つの星が一段と輝きを放っている。


「弔くんみたい」
「…そうだな」
『どこがだよ』


死柄木はお世辞にも星だなんて比喩されるようなタチではないと仲間ながらに思う、けど。
苗字ちゃんの言葉にはいささか納得しかねる部分があったけれど、今は彼女の言うことをそのまま肯定するのがきっと正解だろう。
自分が何者かわからないままに居場所を失っていた俺を受け入れてくれた彼女を、連合のメンバーを、俺も受け入れてやれたらいいなって、そう思う。


世間からは”敵”連合なんて言われてる俺達だって、別に自分たちの正義を守ろうとしているだけなのだ。
それぞれにそれぞれの正義がある、それだけのこと。
ただその正義が世間の大多数と相反する意見で、ただちょっとだけ、その正義に同調できる存在が世の中に少ないって言うだけのことだ。
だから俺はそんな物好きな仲間達を包んでやれるような存在でいたいんだ。
こいつらは、居場所のなかった俺を包んでくれたから。



レンゲソウ
花言葉:あなたと一緒なら苦痛がやわらぐ、心がやわらぐ



包めば1つ、だ。



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