「邪魔するぞォ」
「いらっしゃいませ…って、不死川さん、また!」
「なに、気にするないつものことだァ。それよりいつもの茶を寄越せェ」
「だめです!もう、早くそちらに掛けてください、まずは手拭いを用意しますから…」


今日も今日とて客足疎らな水茶屋にやっと訪れた客が1人。
日課である店頭の掃除もすっかりし尽くしてしまい店奥の座敷で帳簿をつけていた時だった。
店内に踏み入る足音と聞き覚えのある声に襖を開けてひょこりと顔を出せば、そこには数日ぶりにお見えになった不死川さんの姿があった。
それも、また新しく作ったらしい頬の傷から真っ赤な血を流した御姿で。



***



「っいてェ…おい、もっと優しくしろォ」
「生憎ここは診療所じゃないんですから我慢なさってください。…はい、綺麗になりましたよ」
「嗚呼そうかィ、診療所じゃねぇなら茶屋らしく茶を寄越せェ」
「物事には順序があるんです。傷薬を塗ったらちゃんとお持ちしますから」
「…そうかィ」


青空の下、赤い番傘が影を作る店頭の縁台のもとで麗らかな小春日和に似つかわしくない手負いの不死川さんの頬を温めの湯で絞った手拭いで拭う。
拭っても拭っても血が染み出すその傷は随分深くて、彼の口をつく悪態は痛みを誤魔化しているように感じられた。


「にしても相変わらずいつ来ても暇な店だなァ」
「もう、そんな血だらけの人がいたんじゃ来るお客様も来ませんよ」
「…俺のせいか」
「ふふ、冗談です。はいお待たせしました、いつものお茶とおはぎです」


不死川さんがこの店に訪れるようになってかれこれ数ヶ月。
毎日決まって訪れて下さる村のご老人の方達をのぞいては、彼がこの店1番のお客様といっても過言ではない。
この村は彼の管轄する地区の一角だそうで、見た目に似合わず案外甘味がお好きらしい彼はうちの店の甘味と茶が気に入ったとこの店を始めて間も無くから通ってくださっている。
そんな彼の気に入りの品はおはぎで、それを口にしている時の緩んだ彼の表情を見てると、なんだかこちらもつられて気が緩む。


「ふふ」
「…人が食事してる様見て笑うたァだいぶ趣味の悪い店員だなァ」
「これはこれは失礼しました。不死川さん、いつも有難うございます」
「なんだァ、いきなり」


縁あって元々縁もゆかりもないこの場所でこの店を始めてかれこれ数ヶ月。
昔話の伝承でしか聞いたことのない鬼という存在との戦いに命を懸ける彼らの存在を知った。
どうやらこの村を抜けたところにある山の中に彼らの所属する組織の本部とやらがあるようで、鬼狩りの方達にはこれまで随分とお目にかかってきた。
しかしほとんどの隊士の方は見送る一方で、のんきな私がそれが意味する事に気がつくのは随分後になってからのことだった。


でもそんな中、不死川さんをはじめ幾人かの隊士の方は何度も足繁くこうして顔を出してくださる。そんな彼らの束の間の休息所になっているのならば、帳簿の数字は赤くとも続ける価値があるというもので。


「ふふ、なんでもないです」


決して流行っているわけでもないこんな店だけれど、何とか切り盛りしなくてはと私も喝を入れられるのでした。