「にゃあ」
「おー、ただいま」
久しぶりに帰ってきた自宅のドアを開けると、まだ手も触れていないのにゴロゴロと喉を鳴らした愛猫が足にすり寄ってくる。
猫のこの仕草は甘えているように見せかけて、実は外のにおいを消すように上から自分のにおいをこすりつけているらしい。
2週間も帰ってこなければそりゃそうだよな、と足元の毛玉を抱き上げて一緒にリビングへ向かう。
真っ暗に消された電気をつけてしまうと寝室に明かりが漏れてしまうから最低限の間接照明だけつけて。
キッチンの引き出しから1回分ずつパウチされた猫用のおやつを取り出して封を切れば、腕の中の手玉はひときわ大きな音でのどを鳴らす。
「どうだ、うまいか」
返事もなく夢中に向き合うその姿が何よりの返事だろう。
普段なかなかかまってやれないからこうして賄賂でなんとか飼い主としての威厳をつなぎとめているのだが、そろそろもう1匹の猫にも賄賂をくれてやらないといけない。
今日だって、本来であれば今頃一緒に夢の中にいたはずだったのだが。
ただでさえ多感な時期に互いに優秀であるが故なのか勝手に争って個性を大爆発させた爆轟と緑谷をしかりつけて、始末書を書きあげていたら気が付いたらあっという間に職員室には俺1人になっていた。
どちらにせよ週明けには校長室に呼び出されて事の経緯を直接話さなくてはならないのだろうし、原本はその時にでももっていけばいい。
校長もきっととっくに帰宅しているであろうし、つくった始末書を仕方なしにメールで送ってなんとか終電に乗り込んで久しぶりに自宅へ帰宅した。
うまそうにおやつを食べる愛猫を一撫でして目線を上げると、食卓に並んだ1人前の食事が目に入る。
「あー…またやっちまった」
いつもそうだ。
遅くなるとたった1言だけ連絡してやれば済む話なのだが、それができない。
俺の家でこうして一緒に暮らすようになったばかりのころはなんで連絡しないんだと文句の1つも言われていたが、ずっと変われない俺に愛想をつかしたのか今では言われることもなくなってしまった。
椅子を引いて俺の指定席に腰かけて、小さく手を合わせてからもうすっかり冷めてしまった飯を胃にかきこむ。
久しぶりに口にするちゃんとした飯はうまい。
こんな風に食ってる姿を名前が見たら、やれ温めろだのちゃんと噛めだのと怒るだろうけど、今はそれより急いでいるのだ。
空になった食器をシンクに下げて、さて風呂には入るか、どうするか。
きっとこのままベッドにもぐりこんだら、朝起きたとき名前に小言を言われるだろう。
ああ、でもきっと、明日の朝はそんなことくらい目をつむってくれるだろうか。
リビングの間接照明を落として静かに寝室のドアを開けると、こちらからだと顔が見えないがどうやら起こしてしまってはいないようだ。
サイドテーブルにご丁寧に用意された部屋着に着替えて、先客のいるベッドに静かに入り込む。
すやすやと静かに寝息を立てる名前を後ろから包み込むと、心地いい心音が伝わってつられて今にも眠ってしまいそうだ。
だが、今日は寝る前に1つ大事な仕事がのこっている。
ベッドの中から手を伸ばして床に脱ぎすてたパンツを手繰り寄せ、ポケットから小さな箱を取り出す。
「遅くなってすまん」
起こさないよう小さくつぶやいて、夢の中にいる名前の小さな手をそっと手に取る。
真っ暗な寝室でもキラリと輝く箱の中身を細い指にそっとはめて。
ああよかった、サイズは間違っていなかったようだ。
安堵の息を小さく吐いて、再度名前の小さな背中を包んで俺も眠りについた。
おやすみ、相澤名前さん。
らいおんはーと
何もできない俺だけれど、愛しい君のために。
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