マツバと帰り道 (菜都さんからマツバ)



子供の頃、同じくらいの近所の友達と遊んだ記憶がある。

他の子と比べて少し…まぁ、はっきり言ってあまり運動神経がよろしくなかった私は鬼ごっこやかくれんぼではいつも捕まってばかりで、ずっと鬼をやっている私を見かねた他の子にちょこちょこ交代してもらったりしながら、毎日毎日遊んだものだ。そして空が赤くなる頃には決まって、いちばん家が近いマツバお兄ちゃんと手を繋いで帰るのである。何年も、前の話。

今となっては“マツバお兄ちゃん”という呼び方は“マツバさん”に変わり、彼が私の数歩前を歩くという形はそのままに、その手を繋ぐことはなくなった。行き場をなくした私の手は背中の辺りで組んで、ぼんやりと夕日に伸びた彼の影を見つめる。あの頃と比べて私たちの距離はどれくらい変わったのだろう?



「どうかした?」
「いえ、昔のことを思い出してたんです」



そう言えば、影踏みなんかもしたなぁ。やっぱりどんくさかった私は、影にさえも踏む前に逃げられてしまったのだけれど。

少しだけ小走りに逃げようともしない長い影をサンダルで踏みつけてみれば、あまりにも一方的な影踏みにマツバさんは可笑しそうに目を細めた。幼い子供の、悪戯を見るような目。



「懐かしいなぁ。他の子に逃げられちゃうのが悔しくてひたすら帰り道に僕の影を踏んでたの、覚えてる?」
「マツバお兄ちゃんは、優しかったものね」
「今の僕は違うと?」
「まさか」



今も昔も、彼は優しい。だからこそ寂しいのだ。昔よりも離れた気がする、もどかしいこの手が。
行き場のない両手を組む度に、広がった身長差を実感する度に、ただ何も考えずにいられたあの頃に戻りたいなんて思っちゃったりして。



「だいぶ暗くなってきましたし、そろそろ帰りましょうか」
「夕飯は揚げ出し豆腐がいいなぁ」
「じゃあ、豆腐も買って行きましょう」
「そうだね」



帰ろうか、名前ちゃん。

そう言って差し出された左手に少しだけ驚いて、それ以上に嬉しくて、ちょっとだけ躊躇ってから右手を繋いだ。子供の頃よりも、指を絡めながら。



私を引いて進む背中は、かつてと変わらず優しいまま。
(魚卵の菜都さんより頂きました!)


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