全部可愛いけど



「や!バイト終わった?」

「…まあ、一応」


呪霊お祓い任務というアルバイトを終え自宅前で送迎の車から降りようとすると、五条さんが立っていた。
いや、立っていたというか鍵を開けてもらって扉に手をかけたところで外から開けられた。
そのため五条さんにまるでエスコートされているかのように降車する羽目になってしまう。

送迎してくれた補助監督に礼を述べ、去っていく車を見送ってから五条さんに改めて向き直った。


「それで、なんの御用でしょうか」

「うーん、思ったより時間かかってちょっとスケジュールカツカツになってる?」

「まあ、そんな感じです。なのでまた後日にして頂けると嬉しいのですが」

「わあ、“後日にしろ”じゃなくて“後日でいい?”って、初期の君じゃ有り得ない譲歩だね!僕、ひょっとしなくても贔屓されてる?」

「………」


ニコニコと笑いながら言う五条さんを避け、自宅マンションへと歩き出す。
午前に片付けるはずだった任務が午後に食い込んでしまったせいですでに予定が狂っているし、次の予定はなるべく早めに現地に到着しなければ更に待ち時間が増す恐れがある。


「ごめんって〜、怒んないでよ。久しぶりに会ったんだしさ〜」


仕方なく再度足を止めるが、傍から見たら妙な男と妙な女のワンセットにされそうなので手短に済ませて頂きたいと切に願う。
五条さんは勿論その目隠しのせいであるが、私はボロボロに擦り切れ黒く埃っぽくなった衣類のせいである。
自分の戦闘力はヒットポイント全振りなので高確率で衣類が破損しがちであり、任務後に予定を入れている場合は一度着替えねばならないことが多い。
そのせいで私の性質上、任務自体より任務後の予定の圧迫の方がストレスなくらいだ。


「今日、お休みでしょ?予定空いてるならちょっと五条さんとお出かけしない?」

「今日は予定あります。じゃあ、着替えたいので失礼しますね」


形ばかりの一礼をして再び歩き出すも、五条さんの手が私の腕を掴んだため足を止めざるを得なくなる。


「ってことは、どっか出掛けるんだ?どこ行くの?僕も連れていって・・・・・・よ」

「………」


五条さんはこうして私の行く先について来たがることが多い。彼にとっては興味がないであろうところでも、とにかくついてくる。
私としても、『そんなのいつでも行けるんだから、今日は僕とこっちに行こう』とか言われたら断固拒否するが、ついてくるというのなら別にどうということはない。

この人のこういう絶妙な距離感は苦にならないし、実のところ好ましく感じてさえいる。
ペースを乱される時もあるけれど、それすらも楽しんでしまえる程度には。

が、しかし今日はダメだ。


「嫌です」

「え?」

「今日は無理なので、また」


そう言って手を放してもらおうと弛く手を振るが、五条さんの手はびくともしない。


「誰かと会うから?」

「会いません」

「じゃ、なんで?」

「………」


こういう時、自分の正直さが嫌になる。
処世術としての弁は立つと自負しているが、一度懐に入れた相手にそれを使うことは出来ないし、かと言って無視することも出来ない。
むっつり黙り込んだ私の目の前に五条さんが回り込み、顔を覗き込まれる。


「……うーん?」

「………」

「…照れてる?いや、恥ずかしい?」

「恥ずかしくありません」

「なら教えてよ」


私の感情はまだまだ極端に希薄だし、表情にも何も浮かんでいるはずがないのに、五条さんは妙なことを口走る。
そして思わず反論して、気付く。これじゃあ理由を言わざるを得なくなってしまったではないか。


「……」

「ん?」

「………ぱ、」

「ぱ?」

「ぱんけーきを、食、べに…行く、だけです…」

「え?じゃあ僕一緒でも全然いいじゃん」


っていうか甘いの好きだったんだ?とか何とか言っている五条さんが勘付かないことを願ったが、早々に諦めの二文字が頭に浮かんだ。
この人は何故かとても勘が鋭いので、きっとピンときてしまうだろう。


「あ。もしかして、この前僕が食べてたやつ?」

「……」


当たっている。最後に五条さんと会ったあの日、二人で入ったお店で五条さんはパンケーキを注文した。
甘いものは好きだけれど、別に五条さん程ではない私は、あの日は甘いものの気分ではなかったこともあり別のものを注文したのだ。
それが今更になって何故かあの日のパンケーキが食べてみたくて堪らなくなって、ついに今日の予定に組み込んでしまった。

ああ、何て間が悪い。


「あの時ほんとは食べたかったの?」

「違います」


あの時には気分でなかったのは確かだ。

五条さんはしたり顔で私に続きを促してくる。正直言いたくないが、言うまで解放されないであろうことも容易に想像できるので、仕方なく口を割ることとする。


「貴方が、とても美味しそうに、食べてらしたので」


目隠しをしていても分かるほどきょとんとした顔をした五条さんは、一拍置いてから破顔した。


「はは、なにそれ。随分可愛いところあるんだね」

「………」

「――ま、」



全部可愛いけど



「うるさい」

「じゃ、ここで待ってるから着替えてらっしゃいよ」

「むかつく」






210221〜
前回拍手お礼文が10年前だったので
耐えかねて変更しました。
あと長編の方向性を固めたかったので…
(公開時長編開始直後でした)



 back
 site top