鬼ごっこ



「やあ名前ちゃん!」

「ぎゃあ!」


今日も今日とて現れたツワブキダイゴ、もといストーカー。急に声をかけられたせいで、なみのりで今まさに大海原に飛び出そうと構えていたモンスターボールを取り零してしまった。


「今日は何の御用ですか」

「用なんてないよ。だってこの出会いは偶然だk」

「そうですかさようなら」

「ちょ、待った!待って!待ってよ!」


拾い上げたモンスターボールを再び振りかぶると、ストーカーが私の腕を思い切り捕まえる。


「離してくださいよ。ニート(ダイゴ)さんは自宅警備でもなさっていてください」

「ニートじゃない!だからニートと書いてダイゴと読まないでくれないかな!!」


若干ダイゴさんは涙目になっていた。言っておくが、泣きたいのはこちらである。


「毎日毎日私の行く先に現れるなんて、ニート以外に出来る人はいません」

「違うよ!今月はちょっと胃の調子が悪いんだよ!」

「そうですか。じゃあこんなところにいないで自宅で休んだら(警備したら)いいんじゃないですか?」

「だから変なルビ振らないでって……はあ」


溜め息を吐きたいのもこちらだ。頭にくる。毎度毎度私をつけ回して、一体何を考えているのやら。


「疲れませんか」

「?…何が?」

「私の後をつけ回して、挙句こうやって文句言われて」


そう呆れ気味に問うと、ダイゴさんはきょとんと目を丸くして、それから考える素振りをした。


「…まあ、いい加減疲れるかもね」

「!」


自分で聞いておきながら、予想に反した答えに動揺する。この人なら、別にとかまさかとかそう言う答えが返ってくると思っていたから。動揺を悟られまいと慌てて表情を無にしようとしたが、その前にダイゴさんが笑んだ。


「は、動揺した」

「……!だ、れが…!」

「誰って、君でしょ?」

「まさか!」


意地の悪い笑みを見せるダイゴさんは、正直嫌いだった。追いかけ回されるより、頭を馴れ馴れしく撫でられるより、ずっとずっと嫌い。だって、呑み込まれそうだと、そう思ってしまうから。


「ねえ」

「何ですか」

「君こそ、疲れないの?」

「…は?」


突拍子もないことを言うダイゴさんに間抜けな声が漏れた。まあ、この人が突拍子もないのは今に始まった事ではないが。


「僕を否定することにさ」

「…何、言ってるんですか」

「そうだね、間違えた。否定してるのは君の気持ちだよね」

「…自意識過剰も、いい加減にしたらどうですか」


苛立ちが募る。この人、何を言ってるんだ。さすがトレーナーカードにあんなことを書くだけのことはある、不愉快だ。


「過剰じゃないよ。ただの、事実。だって否定してるって言っただけなのに、伝わったじゃないか」

「…揚げ足取り。私はただ、ダイゴさんが言いそうな事を予想しただけで」

「ふうん」

「…何ですか、その、顔。大体何を根拠に私が自分の気持ちをどうたらとか言うんですか」



「だって、君は僕の事大好きでしょう」



はあ?開いた口が塞がらない。いや、はくはくと、わなわなと、震えていた。

御曹司とか言う種族はこういう自信過剰さを英才教育で身につけるものなのだろうか。目の前のこの可哀相な人をどうするか本気で考える。…だめだ、私の手に負える気がしない。


「ほら、」

「……っ」


私がぐるぐると目を回している隙に、ダイゴさんの両の手が私の頬を包んだ。声にならない悲鳴が漏れる。


「こんなに熱い」


あつい?何を言っているんだこの人。ただ、あなたの手が冷たいだけだと言うのに。


「ねえ、今度鏡を持ってきてあげようか?君の顔が、全部ちゃんと見えるくらいの」

「…は、あ?」

「僕と話すときどれくらい君の顔が赤いか、知ってる?」


そう言って私の額に重なるダイゴさんの額は、やはり冷たかった。ああムカつく、ムカつく。


「いい加減、認めたら?」


ムカつく、ムカつくムカつく。


「いつまで触ってんですかこの石オタ!!!」


思い切り振り上げた手はべちーんとダイゴさんの頬にクリーンヒットした。


「ええ、ええええ…?」

「はっ、はあ…っ、」

「今、えええ…、え?すごく、いい空気だったよね…?いたい…、ええええ…?あれえええ…?」

「どこがいい空気でしたっけ意味わかんないですマジニート意味わかんないですストーカーの妄想マジ怖い」

「いろんなとこがいたい…」

「じゃあ私行きますねそれじゃ」


再三振りかぶったモンスターボールは、今度こそ私の手から離れ、相棒のラグラージを吐きだした。私は華麗に彼に飛び乗ると、膝をつき項垂れるダイゴさんを振り返った。


「自宅警備がんばってくださいねニート(ダイゴ)さん」


ダイゴさんが顔を上げて否定するより早く、大海原に視線をやった。顔に当たる風が冷たいのが、また私を苛立たせた。



鬼ごっこは終わらない
(また明日なんて、)
(絶対言ってやらない。)



110412
…ギャグ…かこれ…?

  

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