昼下がりの話
ぽかぽか。マツバの家の縁側に暖かい日差しが降り注ぐ。お昼を食べ終え、ゆったりと縁側で過ごすこの時間は私達とポケモン達のお気に入りだ。いい具合に頭が緩んで心地いい。そんな中、ふと、その緩んだ頭に浮かんだ台詞を零してみた。
「そういえばマツバって、意外とおこりんぼだよね」
「…え?」
隣でムウマージと戯れているマツバにそう言ったら、何だかとんでもない衝撃を受けていた。普段浮かべている温和な笑顔が凍てついている。あれ、私、何か地雷踏んだ?
「…そうかな…、」
「え、いや、あの、えっとね!?」
「そうなのかな…」
マツバがそっと目を伏せる。えええ、何だそれは何故私苛めたみたいになってるんだ。
「べ、別に責めてるとか嫌だなとかじゃないからね!?」
「…おこりんぼって、明らかにマイナスの意味しかないと思うんだけど…」
何とフォローしようかと思案する。が、中々思い付かない私に不安になったのかマツバがムウマージの端っこをきゅう、と引いた。それにムウマージは首を振ってきゃっきゃとはしゃぐ。しかし空気を呼んだらしいヨノワールが、マツバが手を緩めた隙にムウマージを連れていってしまった。
手持ちぶさたになったマツバの視線は、再び私に向けられる。そんな目で私を見るな…!その焦りを汲み取ったのか、単に痺れを切らしたのか、マツバが先に口を開いた。
「例えば?」
「へっ?」
「例えば、どんな時に僕がおこりんぼだと思ったの?」
例えばどんな時?その簡単な質問に私は答えに詰まる。どんな時だっただろう、マツバがちょっと怒る様な場面って。…あれ?
「うーん?」
「……」
「うーん?」
「…名前?」
「ちょっと待って、今遡ってるから…!」
いざ考えてみると中々思い出せない。そもそもおこりんぼと言ったって、"意外と"なのだ。思ったよりは、というだけなのだ。
「何ていうかね、」
「うん」
「私は付き合う前、マツバの事を、仏の慈悲とかなんかそういう風にみてたみたいでね、」
「…うん」
「ちょーっと怒っただけで"意外とおこりんぼ"って印象になっちゃったのかも」
「…、…えーっと、……」
マツバは何とも形容し難い表情で少し笑った。"仕方ないなあ"そう言う意味合いを孕んだ表情なんだと思ったが、マツバの一言がそうではないと一蹴することになる。
「僕は、名前に怒ったこと、結構あるよ」
「なん…だと…!?」
さっきまで"おこりんぼ"と言う単語にあそこまでへこんでいたと言うのに。そして同時に怖くなる。え、マツバってそんなに頻繁に私に怒ってたの?気付いてないってこと?これは愛想つかされる心配があるんじゃなかろうか…。真剣に考えろ、私はどんな時にマツバを怒らせたっけ…!えーっと、…あ!一番最近のは確か飲み会の帰りにマツバと偶然会った時だったような気がする。日付が変わる寸前だったから、夜道は危ないってことだよね?送ってもらう間ずっとマツバが仏頂面だったのを覚えている。
…あれ、待てよ。その前に同じ様に、飲み会の帰り、同じ位の時間に会った時は怒って無かった気がする。普通に話して送ってもらったし。
「……?」
「思い出した?」
「…一つの、なぞが…生まれた…」
「え?」
首を傾げるマツバを放置し、私はさらに記憶を遡る。あとはどんな時だったろう。ああそうそう、ミナキくんがマツバの家に遊びに来てて盛りあがって、ミナキくんが帰ったら何故か仏頂面になったマツバとか。バトルに夢中になってマツバとの待ち合わせに遅れたときとか…。
「それは相手が男の子だったから…」
「ちょ、考え読まないで…!」
「口に出てたよ」
「………」
"相手が男の子"?…何だそれは。それじゃあまるで、
「わかった?」
「……、わかった」
怒られた飲み会とそうでない飲み会の差は、男の子がいたかどうか。マツバの言わんとしていることが漸く理解できた。マツバはおこりんぼなんかじゃなかったのだ。
「"意外とおこりんぼ"じゃなくて、"意外とやきもち妬き"、でしょ」
「そうだよ」
そう言いながらマツバが満足そうに笑う。何だか気に食わなくて、私はマツバから視線を逸らした。
「やきもち妬きは落ち込まないんだ?」
「ふふ、むしろ、嬉しいくらいだよ。名前には伝わって無いのかなって思ってたところだからね」
横目でちらりとマツバを盗み見ると、それはもう嬉しそうに目を細めている。私はというと、気恥かしさとか悔しさとか嬉しさとか、そういういろんな感情が綯い交ぜになって複雑だと言うのに、憎々しい。仏の慈悲?誰がそんなこと思ってたんだっけ。
「伝わったんだから、これからは僕を妬かせないでね?」
「…あーあ、どうしようかなあ」
ぽかぽか暖かい、
昼下がりの話
110718
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