「あれ? ここ、さっき通ったような気が……」
エースは青々と茂った生垣の中央で、こてんと首を傾げた。
今回の旅は珍しく目的地があり、それはハートの城だった。次の時間帯に変わるまでに、とペーターに呼び出されていたのだ。
「遅れたら、またペーターさんに銃を向けられちゃうな」
エースは白い耳の毛を逆立てて怒り狂うペーターを想像して、喉を軽く鳴らしながら笑う。
ハートの城は生垣を越えた先に見えていた。
悠然と聳えるメルヘン調の城は、一見すると近くにあるように感じる。しかし、実は城のスケールが大きすぎるせいでこちらの距離感を狂わせているだけなのだということを、エースは知っていた。
それでも歩き続ければ、いずれは到着するはずだ。
ひとまずこの区画から抜け出そうと足を踏み出す。すると、生垣の切れ目である曲がり角近くで、水色の細長い何かが風に誘われて舞っているのが見えた。
動体視力のいいエースの瞳に、水色に囲まれたワンポイントのハートマークが飛び込んでくる。あれはアリスの頭についているリボンに違いない。
気がつけば、エースは走っていた。
リボンはそんなに高いところで舞ってはいない。短く息を詰めて、軽く地面を蹴った。
「っ」
風と遊んでいたリボンを掴めたことを確認してから、地面に足を着いた。すると同時に、少し離れた場所から驚愕の声が上がる。
「エース!?」
この可愛らしい声はアリスのものだ。エースの唇は自然と笑みの形を作った。
リボンを追って走っていた彼女は、エースの前で立ち止まって荒々しい呼吸を繰り返す。
「あはは、つらそうだな。背中摩ろうか?」
「だ、大丈夫っ……。それ、取ってくれ、てっあり、がと」
「やっぱり君のだったんだ」
これ以上言葉を発するのもつらいようで、アリスはこくこくと小刻みに首を振った。揺れに合わせて、柔らかそうな茶色の毛がほんのり色づく頬を隠す。
乱れた吐息も相俟って、どことなく色香を感じてしまう。エースは思わずアリスに手を伸ばしかけるが、リボンを持ったままだということを思い出した。
仕方ない、と諦めたエースがあらかた息を整えたアリスにリボンを手渡せば、彼女は安堵の笑みを浮かべた。
「はぁ……っありがとう、助かったわ」
「珍しいね。君がリボンを外で解くなんて」
「今日は結び目が緩かったみたいで、風に吹かれただけで解けちゃったのよ。本当にありがとう。それじゃ」
アリスは手を振って、あっさりと離れようとする。そんなアリスに妙な苛立ちを覚えたエースは咄嗟にリボンを奪った。
「そんなに急いでどこへ行くんだ?」
「あっ、ちょっと返して」
奪われた物を取り返そうと、アリスは背伸びをしてリボンの端に手を伸ばす。子猫が玩具にじゃれついているみたいで可愛らしい。
エースはつい意地悪したくなって、リボンを高く掲げた。
「俺に言えない所でも? あ、もしかして浮気?」
「そんなわけないでしょ! 次の時間帯、ビバルディと出かける約束をしてるの。この時間帯はもう長いし、そろそろ変わっちゃうじゃない? だから早く結び直さないと」
「ああ、それなら……」
エースはリボンの端を持ち、ピンと引っ張ってアリスに見せつけた。
「俺が結ぼうか?」
「え? エースって蝶々結びできるの?」
「もちろん。なんたって俺は騎士だぜ! 俺が結んだんだって女王陛下に惚気てきてよ。きっと嫉妬するだろうなぁ」
「な、何言ってるのもう! っていうか今、騎士関係ない……。でも、ありがとう。お願いするわ」
アリスは少しでも結びやすいようにと、無防備にも頭を下げて俯いた。肩にかかっていた毛がさらりと、首筋を伝って前へ流れていく。
いつも触れるだけで身体を少し強張らせるくせに、妙なところで警戒心が薄い。
「……本当に、君ってば」
――このリボンを、首にかけることだってできるのに。
騎士らしくない思考を浮かべたエースは自嘲気味に笑った。