人間らしさ

 年明けに零さんと旅行に行ってから、ずいぶん距離が縮まったような気がする。
 いや、気がするのではない。確実に、だ。
 旅行にかこつけて「ここで君とポリネシアンセックスをする」と宣言された時は度肝を抜かれたけれど、結果としてよかったのかもしれない。
 心を完全に許し、体を預けることがこんなにも幸せなのだと知ることができた。
 それでも今、私は少し悩みを抱えている。
 主に、体の距離感がとても近すぎると思うのだ。
 時刻はもうそろそろ日付が変わりそうな頃。今日の零さんは庁舎から帰ってきても、仕事をするようだ。ダイニングテーブルを仕事机代わりにした彼が、資料と睨めっこをしている。
 外に出しても平気な資料だったら、たまにこうして家でも仕事をしていた。
 それは別に構わない。彼の立場だったら、持ち帰りをしないと終わらないことだってあるだろう。
 ここからが問題だ。
 資料を見ながら考え事している零さんの邪魔をしないように、私は息を潜めていた。彼の脚の間で。
 後ろから抱きしめられる形で、私は身を硬くする。なぜなら、零さんの左手がやわやわと胸を揉んでくるからだ。
 右手は資料に真面目なメモを残していくが、左手は不埒にも私の官能を高めていく。
 後頭部で感じる零さんの呼吸は、平常時と変わらない。きっとこれは、考えながらペン回しをするのと同じように、手遊びをしているだけなのだろう。私も仕事で煮詰まった時にペン回しをしてしまうから、よくわかる。
 だから余計に性質が悪い。
 悪戯だったらそれなりに対処できるのに、と私は軽く唇を尖らせる。真剣に仕事をしているなら、邪魔はしたくない。
 すると不意に彼の指先が、胸の敏感な突起をかすめた。
「ん……っ」
 服の上からだというのに、そこは私に快感を伝えてくる。思わず声が漏れてしまうと、零さんはハッと息を詰めた。
「えっ、あ……すまない。わざとじゃないんだ」
 零さんが私の胸から弾かれるようにして手を離す。首を捩じって彼の顔を覗き込めば、バツが悪そうに眉をそっと下げていた。
 なんだか𠮟られた犬みたいだ。
 零さんが可愛く思えて、私の口角は緩く上がっていく。
「だろうね。仕事に夢中だったし」
「だから大人しくしててくれたのか……」
「邪魔しちゃ悪いと思って」
 集中が一回途切れてしまったので、少し休憩を挟むかもしれない。私も明日は休みだしコーヒーでも淹れてこようかと腰を浮かせれば、彼にそこを押さえつけられて身動きが取れなくなった。
「え、零さん?」
「どこに行くんだ?」
「休憩するならコーヒー飲むかなって」
「そうか……」
 低く絞り出された声は、夜の色を含んでいる。何がキッカケで!? という驚きと共に、下腹部が甘く疼いた。くすぶる熱を宥めるために膝を擦り合わせると、零さんはペンを乱暴に放り出し、私を抱き上げる。
「わ、っ!」
 今までの経験上、なんとなくこの後の流れが予想できてしまった。けれども私は尋ねずにはいられない。
「零さん、仕事は!?」
「どうしても、君を構いたくなった」
 零さんの脚は躊躇うことなく、寝室に向かっていった。


 ふたりで愛し合った熱気が、まだ室内に残っている。
 微睡みながら零さんの枕に頭を移動させて擦り寄れば、シャンプーと汗と混ざった香りがより一層濃厚になった。
 この人も人間なんだな、と実感する。
 顔がよく、スタイルもよくて、仕事もでき、家庭も大事にする。例えるなら「白」だと、私は思っていた。清廉潔白としていて、まるで王道恋愛漫画に出てくるヒーローみたいだ。
 だからこうして人間らしい、男くさいところを見つけては、ひとりでほくそ笑む。そういえば性欲が強く、激しいセックスをするところも人間らしくて好きだな、と私は頬を赤らめた。
 すると私の視線に気がついたのか、零さんがゆっくりと目を開ける。
「どうか、した?」
「なんでもない」
「そう。……だったら、もうねよう」
 ひらがなを喋る零さんが柔らかく下腹部を撫でてくる。それは最近してくれるようになった仕草だ。
 前までは胃痛持ちの私の神経を宥めるように腰を撫でてくれていたけれど、これは何の意味があるのだろう。
 私は首を傾げながら、心地いい体温に誘われて眠りに落ちた。