子宮が握り潰されているみたいだ。
「いったぁ……」
私はロングソファの上でうずくまり、腹を抱えた。本当は横になりたいところだけど、服が汚れるかもしれないと思うとなかなかできない。
それくらい、今月の生理は重かった。
次から次へと血が流れ出すものだから、夜用のナプキンをしていても気になって何度もお手洗いに駆け込んでしまう。こういう時、女のコードネーム持ちがいてくれることがどんなに有難いか。私の様子に気づいたキールが任務を変わってくれて、本当に助かった。
そして、もう一人――。
「おい、買ってきてやったぞ。三十八センチの夜用」
今日も、ピンガはコーンロウの髪を綺麗にまとめていた。その髪型を崩さないよう、編み込みと編み込みの間にある地肌を優しく撫でてあげると、彼はくすぐったそうにしながらも嬉しそうに目を細めるのだ。
こんなピンガは私以外、誰も知らないだろう。彼の頭を撫でるのも、彼の優しげな表情を見られるのも、私だけの特権だった。
しかし、今日の私にピンガの頭を撫でる気力はない。
「ありがとぉ。あとでお金請求して」
「ハッ、俺はそんなに小せぇ男じゃねぇよ」
ガサリと、ドラッグストアのビニール袋が背の低いテーブルに置かれた。
ビニールに透けて見える、クラフトタイプの大きな紙袋。この中に、夜用ナプキンが入っているのだろう。ひとまず、それは後でいい。
ピンガに頼んでいたもう一つのものを探し始める。しかしビニール袋をひっくり返してみても、探し物は見つからなかった。
「えぇん……」
私はピンガに確認しようと顔を上げる。目に映るのは、彼の背中だった。
ピンガは私に背を向けて、ハンガーに掛けたジャケットの皺を丁寧に伸ばしていた。彼の腕が動く度に、肩甲骨辺りの薄い布地に影が入る。
影すらも綺麗だと思ってしまうのは、惚れた弱みだろうか。
「……ねぇピンガ、カイロはぁ?」
「あ? ああ、カイロね」
ピンガはハンガーをラックに掛けると、もったいぶった足取りでこちらに近づいてくる。腹が痛くて仕方ない私は「なによぉ」と唇を尖らせた。
買い忘れたなら、素直にそう言ってほしい。誰だって忘れ物のひとつやふたつ、するものなのだから。
「そんな顔すんなって。あんなもんより、俺の方がいいだろ」
「え? ひゃわっ!」
ピンガは不貞腐れる私の腰を少し引き寄せてソファの背凭れとの間に隙間を作ると、その隙間に自分の身体を滑り込ませた。彼の長い脚が私の左右から伸びて、床に投げ出されている。
完全に、背後を取られてしまった。
「ピンガ?」
「そう。そのまま、な」
「あ……」
ピンガは私を抱き寄せるようにして、背後から密着してきた。彼の腕が私の脇を通ると、面積の広い手のひらを下腹部に当ててくる。
手のひらの温度が服越しに、じんわりと広がっていった。内臓を絞るような痛みが少しだけ弱くなったような気がする。
「あー、気持ちいい……」
「だろ?」
「うん。ピンガ、あったかいなぁ」
ついでに言うと、背中から包み込んでくれているおかげで安心感が半端ない。ピンガの腕の中なら、どんな災厄が起こっても私は大丈夫だと思えた。
ほっとしたら、生理特有の睡魔が唐突に襲いかかってきた。痛みによって押さえられていたみたいで、心が緩んだ途端に解き放たれたらしい。
瞼がとてつもなく重い。
「んぁー……」
「お? このまま寝ちまえよ」
「んぅ」
ピンガが軽く腹を押すものだから、 自然と身体が後ろに傾く。より一層、彼の体温を背中で感じられるようになった。
もっとぬくもりを感じたくなった私は力を抜いて、身体を完全に彼へと預ける。すると、彼は「それでいい」とでも言うように、ゆっくりと下腹部を撫で始めた。
私がして欲しいことを、ごく自然にやってのけるから狡い。それと同時に、ただただ尊敬した。
「ピンガってさぁ、すごいよねぇ」
「フン、今更気づいたのかよ。って何だ、いきなり」
低くもなく高くもない声が耳元に齎される。それは鼓膜を心地よく揺らし、私の心を凪いでいく。
この声も好きだなぁ、と私はしみじみ実感しながら、後頭部を彼の肩口に押つけた。
「だってさ、女性であることを追求するための努力をずっと続けてるんだもん……」
パシフィック・ブイへの潜入は、いかに女性として周囲に溶け込めるかが勝負だ。そのための努力を、ピンガは陰ながら続けていた。仕草や表情だけでなく、女性の身体の仕組みも理解し、表現できるようにと。
「ま、それくらいはしないとな」
「陣痛に似た痛みを引き起こすベルトを着ける体験してきたって聞いた時はびっくりだったなぁ。私だってまだ経験ないのにぃ」
「フン、俺がそのうち経験させてやるよ」
これは私の幻聴だろうか。とても眠いから聞き間違いをしたのかもしれない。
けれどももし、聞き間違いでないのだとしたら、それはつまり子どもを――。
「……うん。そのうち、ね?」
私はほのかな期待を胸に、ゆっくりと眠りに落ちていった。