仮面舞踏会

 視察からセーフハウスに帰ってきたライが、浴室へ向かってから数分後のことだった。テーブルに放置された彼のスマートフォンが振動している。
 バーボンは表示された名前を確認して、眉根を寄せた。
 出なければいけないが、ライのシャワーシーンなんて見たくない。代わりに出てくれそうなスコッチは街の下見に行っている。
 おのずとバーボンの行動は限られてしまっていた。
「……ライならシャワーを浴びてますよ。ベルモット」
 直接耳をつけたくないバーボンはスピーカーに切り替えて、その電話を取った。
『あら、そうなの。まぁ、バーボンでもいいのだけれど』
「僕でも? どうかしたんですか?」
『朗報よ。明日のパーティーに例の売人が来るらしいわ』
 例の売人とは、今回の任務のターゲットだ。組織で開発していた薬を無断で持ち出し、密売しているという。
「明日とは……また急ですね。どこのパーティーなんです?」
『私が表の顔で出席する予定のよ。……政財界に強いコネクションがあるようね』
 だからベルモットからの情報だったのか、と納得した。そこに潜入するとなると、急ピッチで作戦を練らなければいけない。
 バーボンはノートパソコンの電源を入れた。
「なるほど、情報ありがとうございます。今、パソコンを立ち上げたのでデータを送っていただけますか?」
『ええ、五分後に会場の設計図や参加者リストを送るわ。パスワードはわかってるわよね?』
「もちろん」
 カタカタと黒いパソコンを操作し、メールを開く。済んでしまったメールは全て削除しているため、そこの受信ボックスは真白だった。
『そうそう、あなたたちのことだから心配はしてないけど、潜入するならドレスコードは守ってちょうだいね』
「ええ、わかってますよ」
 ベルモットはなんだかんだで世話焼き体質だ。
 いや、大女優のことだから、それも演技なのかもしれない。
 バーボンの皮を上手く被ったまま、降谷は頭の中のプロファイルに書き加えた。
「心配しなくても、ちゃんと遂行しますって。あなたにも安易に近づきません」
『なら、いいわ。……ああ、ジンもそこに行くことになってるの。別件でね』
「ジンが?」
 あの男がパーティーに出席するなんて予想外だ。正装をしたジンの姿はさぞ見ものだろう。
 バーボンは片方の口の端を上げ、皮肉げに笑った。
「ははっ……似合いませんねぇ」
『そうね、何か目的があるみたいよ。……じゃあ、また連絡するわ』
 そう言うと、ベルモットは一方的に通話を切ってしまった。
 あの口ぶりだと彼女は聞かされていないようだ。どうやらそれも探りを入れないとならないらしい。
 そうこう考えている内に五分が経ち、軽い音を立ててメールが受信された。暗記しているパスワードを打ちこんで中身を開く。
 目が滑るほどにデータ量が多い。
「んん……」
 気持ちを切り替えるために深く息を吐いて、軽く伸びをする。すると、パソコンの画面に人影がチラついた。その正体は、確認しなくてもわかりきっていた。
 バーボンは振り向きざまに声を掛けた。
「……ライ、明日決行です、よぉっ!? ッおい、服を着ろ!」
「チッ……うるせぇな、ガキ。……ベルモットから連絡があったんだろ。見せろよ」
 ガシガシと乱暴に長い黒髪を拭きながら、パソコンを覗きこんでくる。
 ライは彼女から情報がもたらされることを知っていたようだ。
 まったく、どいつもこいつも、と褐色の肌を彩るアイスブルーの瞳を煌めかせた。
 奴らは、決して切り札を明かさない。いつか絶対一人ひとりの心に銃を突きつけて、全て曝け出してやる。
 バーボンをまとった降谷は静かな炎を身のうちに宿していた。