風見は帰る家を失った。
「そ、んな……」
残業を終え、日付が変わった頃にへとへとで帰ってきた風見を迎えたのは、ごうごうと燃えさかる炎に包まれたアパートだった。
道路は消防隊と野次馬で埋め尽くされている。近づくことのできない風見の頬を、風に乗ってきた熱が嘲るように撫でた。
泊まるところが思いつかず、呆然と庁舎に戻った風見に告げられた言葉が胸に響く。
「風見、僕のところに来い」
降谷のひと言は、途方に暮れていた風見にとって僥倖だった。
申し訳ないという気持ちももちろんあったが、有無を言わせない命令形に降谷の気遣いを感じて、ありがたく転がりこんだ。
部屋は風見の好きなように使っていいと言う。ただし、ある戸棚については決して開けてはいけない、という決まりを設けられていた。
忙しい公務の合間を縫って不動産会社に足を運んでも、なかなか合う物件と巡り会えない。決まりそうになると仕事が入り、他の人に取られてしまうことも続いていた。
降谷はそのことについて「気にするな。いつまでもいてくれて構わない」と言ってくれている。その言葉に涙が出そうになった。
そうして、降谷との同居生活は何事もなく過ぎていく。
だがある日、開けてはいけないという戸棚から紙がはみ出しているのを発見した。ちょろっと出ているそれが、どうしても気になってしまう。禁止されていると尚更だ。
「元に戻すだけだから……」
自分に言い訳をして、震える手でカチャリと戸棚を開ける。
そこには想像を絶する光景があった。
「え……」
間抜けな声が空気と共に漏れる。そして、その光景を理解した時には吐き気に襲われた。胃から体液がせり上がってくる感覚。
口をぐっと抑え、トイレに駆けこんだ。
「かはっ……は、ぐ……」
胃の中にある物を全て吐き出しながら、ただただ震え上がった。
「ど、して……? ……っく……う、ふるや、さ……ッ」
棚いっぱいに貼られた風見の写真。
部下と話をしている風見、ご飯を食べている風見、着替えている風見、寝ている風見……。
様々なシーンで撮られていた。それも目線が合っていない。明らかに盗撮だ。
その数々を写真を思い出しては、空っぽになった胃がヒクヒクと痙攣した。
その日の夜、風見は話を切り出した。暗く、静まりかえった室内に風見の吃音がよく響く。
「ふ、降谷さん。……す、すみません。自分、でで、出て行きます、ね…」
明らかに挙動不審な風見に、降谷が喉の奥で低く笑った。
「ああ……見てしまったのか」
「ッ!」
その言葉に大袈裟なほど身体が震える。取り繕うことなど最初からできていないというのに、ヒヤリと汗が伝い落ちた。
「あ……ぁ……す、みま、せ……」
窓から差しこんできた月明かりは、造形の美しい降谷の顔を照らす。彩りを添えたアイスブルーの瞳が、妖しく瞬いていた。
「悪い子だなぁ、風見は。……さて、今度は何をしたら、僕のところにいてくれるんだろうな?」
「な、にを……? ……っ、ま、まさか、部屋探しの、件は……」
ことごとくタイミングが合わなかった引越し。それが降谷によるものだとしたら……。
降谷の形のいい唇が弧を描いた。
「あはっ……さぁ? ……もしかしたら、もっと前からかもしれないぞ?」
それはもしかして火事も、ということだろうか。あれは住人の火の不始末だったはずだ。いや、それすらも計画していたことかもしれない。
一度持った疑念はそう簡単には晴らせない。
ああ、もう逃げられない、と風見はずるずると冷たいフローリングに座りこんだ。