風見はフロアの壁に飾られた時計をチラッと横目で確認した。それはどう見ても午前三時を差している。
どうりでタイピングのスピードが落ちているはずだ、と納得した。そして時計とは反対側をうっすらと見てみると、降谷のペースも僅かだが落ちてきていた。
それもそのはずだ。あんな大規模な事件を駆けずり回って解決し、その足で庁舎に戻って報告書を作成しているのだから。疲労は見えて当たり前だ。
気を散らしていたのが分かってしまったようで、降谷が手を止めた。
「すまない、もうこんな時間か」
こちらを向いた降谷の顔。今まで横顔しか見ていなかったからか、目の下にクマができていることに、たった今気づかされた。
休ませなければ、と風見は口を開く。だが言葉を紡ぐ前に、降谷の唇が動いた。
「仮眠室、空いているだろうから寝てこい」
「……っ」
その言い方は、降谷はここにひとりで残って作業する、という強い響きを持っていた。風見が何を言っても仮眠室へ行くことはなさそうだ。どこまでも仕事人間な恋人に苦笑する。
部下への指揮命令に加えて、彼自身も現場に出ている。風見の何倍も疲れているに違いない。
それならば自分も、上司に付き合うまでだ。
「いえ、大丈夫です」
「疲れた顔して何言ってる」
そちらこそ酷い顔ですよ、と言いかけた言葉を飲みこみ、風見は両腕を広げた。
少し気恥ずかしくて、頬が熱くなっていく。
「それでしたら、三十秒だけハグをしてください。……ハグの効果、降谷さんなら知っているでしょう?」
「……ここは職場だぞ」
「こんな時間です。誰も来ませんよ。部下も帰らせました」
降谷が吐息を漏らす。それは、仕方ないな、とでも言うような優しさを含んでいた。
彼はゆっくり立ち上がると、風見の脚の間に体を滑りこませた。上目遣いになった風見に合わせるように少し腰を落として、大きな体を柔らかく包む。
風見も広げていた両腕を曲げ、降谷の背中を抱きしめる。硬く引き締まった胸筋に顔をうずめれば、ひくりとそれが動いた。
少し強引すぎただろうか、と風間は密かに眉を下げる。
「すみません、わがままを言って」
「……構わんよ」
ぽんぽんと肩甲骨辺りをあやすように軽く叩かれ、喉の奥が切なくなる。
風見は腕に力を込めた。
胸に抱きこんだ恋人の気遣い。それをわざわざ伝えるほど野暮ではない。
顔を上げた先の窓には、酷い顔の自分が映っていた。
降谷は淡く微笑んだ。そして、目を閉じてゆっくりと数をかぞえ始める。自身が癒されていくのを感じながら。