子どもたちの笑い声と小鳥の囀り。少し外れた所からは複数の車の行き交う音。
穏やかな幸せが溢れる公園のベンチに降谷は座っていた。
さらさらと生い茂った緑がそよ風に吹かれて、気持ち良さそうに踊っている。いつまでも揺れ動く木漏れ日を手のひらに映した降谷はそれを眺めながら、隣に腰掛けている風見に報告の続きを催促した。
「それで……その男の身柄はどうなっている?」
「ひとまず我々の監視下に。……どうしますか?」
「そうだな……」
手を軽く握って思案する。
揺らめいている光は当然ながら、捕らえることはできない。眉根を寄せた降谷の心に、もやりとした何かが影を落とした。
じわじわと侵食されていく感覚に、指先がヒヤリとした。その時、不意に風見が声を上げる。
「あっ……すみません、ちょっと」
慌ただしくベンチから身を引き剥がし、真っ直ぐ走っていく。
いきなりどうしたんだ、とその背中を視線で追えば、少し離れた所で転んでいた少年の元へと向かっているようだった。
派手に転んだのだろう。少年の物らしき帽子は身元を離れ、傍に落ちている。
風見はそれを拾って、泣いている少年に声を掛けたみたいだ。
だが、彼の顔が怖かったらしい。今まで聞こえてこなかった子どもの泣き声は、こちらにまで届いてきた。
わたわたと焦りながらハンカチで涙を拭う恋人がなんとも面白くて、愛おしい。
「く、はは……っ」
手を貸してやるべきだろうが、その姿はまるで未来の在り方のようで、ずっと眺めていたい衝動に駆られる。
風見はΩだ。既に番になってはいるが、彼は運命ではない。
もし、運命に出会ってしまったとして、風見を想う気持ちだけで抗えるのか。自分の性を抑制できるのか。
未知であるがゆえの恐怖心。項の噛み跡だけで安心できるほど、降谷は自分のことを信用していなかった。
まだ足りない。まだ目に見える証が欲しいと願う。
「……そうだな」
やっと答えが見つかった。
ポロリと言葉が零れたが、子どもと平和に別れてこちらに戻ってくる風見には届かなかった。
「すみません、途中になってしまって……」
「いや、……風見」
「はい?」
再びベンチに座った風見の手をそっと握って、彼の顔を正面から覗きこむ。
鈍色をしたつぶらな瞳には、真剣な表情をした自分が映っていた。
「僕の子どもを産んでくれないか」
「っ、……ふる、やさ……それは……」
風がサァッとふたりの間を駆け抜けていく。風見の男らしい喉がゴクリと鳴った。
それはそうだろう。運命に抗えずに番を解消されてしまったとしたら、自分を捨てた相手との間にできた子どもと生きていかなければいけないのだ。すぐに答えられるはずがない。
風見は何度か唇を開閉してから息を深く吸った。
「降谷さん。確かに番にはなりましたが、籍はまだ入れてません。つまり、その言葉は『本当の』プロポーズということですよね?」
「そう、なるな……?」
そう言われてみればその通りだ。風見にすらすらと淀みなく喋られて、若干押され気味になる。
すると風見が思いっきり眉を吊り上げた。
「やり直しです!! 何ですか、その欲望丸出しなプロポーズは!? ロマンもへったくれもない!!」
予想外の反撃をくらい、唖然とする。そして突きつけられた言葉を頭の中で反芻した。
将来への憂いなど、全く感じさせない答え。いや、これっぽっちも考えていないのだろう。
驚きや喜び。言い表せないほどの大きな幸せが降谷を包みこんだ。
「はは……っ」
「何です?」
「いや、……君となら乗り越えられそうだ」
何を言ってるんだ、と怪訝の顔をした風見が仕事を再開させた。降谷は右腕の表情に切り替わった恋人に指示を伝える。
もう手のひらの光を捕まえる必要はない。
――願わくば、この時が続くことを。