工藤邸に呼ばれた快斗は、謎解きに夢中な新一をニヤニヤしながら眺めていた。
彼はテーブルに行儀悪く頬杖をついて、暗号の書かれた紙を光にかざしたり、ひっくり返したりして真剣に悩んでいる。その様子は、快斗の独占欲を満たしていった。
あの名探偵が、自分の作った物にのめり込んでいる。それだけで嬉しくなってしまうなんて、我ながら単純だ。
「新一、コーヒー淹れるけどお前も飲むか?」
どうしても解けなくて唸りだした新一に、少し休憩を、と提案した。すると、唸っているのか肯定なのか聞き分けがつかない返事が返ってくる。
「たまにはホットにするか? 頭がスッキリするんじゃね?」
「んー……うん」
今度はまともな返事だ。ちゃんとこちらの話を聞いているらしい。
快斗は気づかれないよう、新一のつむじにそっとキスをしてキッチンに立った。
新一と付き合い始めてから頻繁に来るようになったが、以前からも服を借りるために忍びこんでいたので、勝手知ったるなんとやら、だ。
難なく淹れられたコーヒーはふわりと香ばしい匂いを立てている。快斗はカップとマドレーヌを持って新一に近づいた。
「ほーら、少し休もうぜ」
「ああ、ありがとな……つッ!」
ところが、テーブルにカップを置こうとした快斗の手と暗号の紙を手放した新一のそれがぶつかってしまう。
カチャッとカップがテーブルに落ちたと同時に、新一は微かな悲鳴を上げた。熱い液体が新一の手を襲ったのだ。白いシャツの袖口が茶色に染まっていく。
「わりッ、すぐ氷持ってくる!」
冷蔵庫に急いで向かう快斗の背中に落胆する声が届く。
どうやらコーヒーが例の紙にかかり、文字が滲んでしまったようだ。
こんな時まで謎かよ、と快斗は半目になって呆れた。
快斗に持ってきてもらった氷で十分冷やしたので、もう大丈夫なはずだ。だが、快斗は救急箱から火傷に効く薬を取り出して、赤くなった手首や手の甲に塗り始めた。
「快斗、いいって……」
「ダメだ。新一の肌に傷を残したくない」
意外と過保護な恋人に思わず頬が緩む。愛されてるということを改めて実感して心がむず痒くなった。
丁寧に包帯を巻いた快斗はそっと患部を撫でて、眉毛を下げた。
「痛い、よな……」
「んー……ヒリヒリする、くらい? まぁ薬塗ったから大丈夫だろ。そんな気にすんなよ」
引き結んでいる唇にかすめるような口づけを送れば、快斗はサッと頬を赤らめた。
「……ずりぃ、オレばっかドキドキさせられて……。……んんっ」
唇を尖らせた快斗は仕切り直しのように口元に手を当て、咳払いをした。
いったい、何が始まるというのか。
「それでは、愛する名探偵に……。特別なおまじないをかけてあげましょう」
「おまじない?」
「痛いの痛いの、飛んでけ……」
快斗は恭しく手を取ると、まるで紳士の挨拶のように白い包帯へと口づけた。伏せられたまつ毛が頬に影を落とす。
あまりの色気に今度はこちらが赤面してしまった。
何も言えないでいる新一に、チラリと上目遣いをした快斗の雰囲気はガラッと変わる。歯を見せて悪戯っ子のように笑った。
「よし、着替えてこいよ! その間に暗号を書き直してやるから」
「……絶対ェ解いてやる。覚悟しとけよ、キッド!」
大胆不敵な笑みに、新一は人差し指を突き立ててからコーヒーの匂いがするシャツを着替えに行く。
背を向けた新一にキザな悪党のセリフが投げられた。
「あなたがこの謎を解いて、私に辿り着く時を心よりお待ちしております……」
新一は好敵手に、視線を向けずに手を振った。
――その手に負った傷は、もう痛くはない。