赤い糸

 降谷には特殊な能力があった。
 それは意識をすれば運命の赤い糸が見える触れる、というもの。
 一度使えば、世界は赤に満ち溢れていた。気持ち悪い。吐き気がするほどの赤。生活の妨げでしかないその能力は、降谷には不要だった。今までは。
 『今まで』だ。赤井を好きになってからはそれを酷使している。



 待ち合わせをしている屋外の喫煙所で、黒衣に覆われた赤井がタバコを吸っていた。
 闇夜に溶け込んでいても、すぐにわかる。
 口元にある無骨な小指には赤い糸が絡んでいた。たわんだそれを視線で辿れば、降谷の小指と繋がっている。
 途中、強引に結んだと思われる繋ぎ目は見ないフリをした。ズクッと痛む胸を押し殺して、愛おしい人に呼びかける。
「……赤井、待ちました?」
「いや、今来たところだ」
 吸いかけのタバコを設置されている灰皿で消し、喫煙所から出てきた。ふわりとほろ苦い香りが降谷の鼻腔をくすぐる。
「零君、今日は何が食べたい?」
「そうですねぇ……。もうこんな時間ですし……」
 深夜に重たいものは避けたい。童顔と言われているが、これでも三十路過ぎだ。
 顎に手を当てて考えていると、ふたりの間を後ろから突風が突き抜ける。
「……っ、……あっ」
 すがめたせいで狭まった視界に、赤い糸の端っこがふたつ揺れているのが映った。思わず声に出してしまう。
 風はすぐに止み、それはふわりと地面へと舞い落ちた。
 赤井は奇妙な声を出した降谷の顔を心配そうに覗きこんだ。
「降谷・・君、大丈夫か?」
 心臓が飛び跳ねる。緑色の瞳に映った自分は泣きそうな顔をしていた。
 泣く資格なんて、あるはずないのに。
「いえ、大丈夫です。ひとまずバーに行きましょう」
 パッと目を逸らした降谷に、そうだな、と頷いて赤井は歩きだす。先に行く背中には降谷への愛情は感じられない。
 恋人だった・・・人物の小指から伸びている赤い糸が風にただよう。
 降谷は慣れた手つきでその端っこを掴み、自分のそれと結び合わせる。しっかりと、いつもと同じように固結びで。
「……ごめんなさい」
 自己満足でしかない謝罪を黒い背中に投げかける。すると、赤井は笑顔を浮かべながら振り向いた。
「何か言ったか? 零君」
「……何でもありませんよ」
「なんだ、愛してると言ってくれたんじゃないのか」
「ふふ……さぁ、どうでしょう?」


 愚かでしかない行為。
 だが、偽りの愛でも幸せを知ってしまった今、もう止めることはできない。