好きな人

 人目につかない公園の雑木林。そこには三人の男のシルエットが浮かんでいた。
「この件については新一君のお陰で目途が立った。ありがとう、助かったよ」
「えぇっ! 安室さんならともかく、降谷さんがこんなに素直なんて……」
「君ね、僕をなんだと思ってるんだ……」
 組織が壊滅してからも、新一との付き合いは続いていた。大きくなっても、彼は公安の協力者に変わりはない。
 その関係は安室とコナンだった時より密接で、軽口も叩けるようになっていた。
「まぁ、いい。……風見」
「はい」
 後ろに控えていた風見に指示をする。
 降谷が言葉にせずとも、風見はわかっていた。前に進み出て、胸ポケットから二枚の紙切れを取り出し、新一に手渡す。
「これは……?」
 訝しんで受け取らずにいるので、風見が説明を加えた。
「今、若い子たちに評判の映画のチケットだ。彼女とふたりで行ってくるといい。ちょっとしたお礼だから、受け取ってくれ」
「え……、ありがとうございます!」
 新一は顔をぱぁっと輝かせて、ありがたくチケットを手にした。それを面白く思わない降谷が揶揄う。
「いいなぁ大学生。ふふっ、青春だね?」
「ふふん、降谷さんも早く恋人作った方がいいですよー!」
「余計なお世話だ」
 痛いところを突かれる。なんとも憎たらしい子どもだ。
 風見はきっと呆れた顔をしているに違いない。仕方ないじゃないか、と心の中で言い訳をする。
「じゃあ、オレ行きますね。チケットありがとうございました! ……あ、風見刑事、また連絡ください!」
 風見は公園を後にする新一を、見えなくなるまで見送っていた。

 サァッと風が雲を薙ぎ払い、木々の隙間から零れた夕日が風見の背中を照らす。哀愁を帯びたその後ろ姿に、降谷は声をかけずにはいられなかった。
「あーあ、報われないなぁ……」
 緑色のスーツの肩口がピクリと動いた。そしてゆっくりと風見が振り返る。
「そうですね、報われませんね……」
 橙色の光を浴びながら切なげに微笑む風見に、拳をグッと握りしめた。
 風見はこんなにも可愛い人だというのに、と愛らしい部下の気持ちに気づかない新一を心の中で憤る。
「降谷さん、……どうやったら諦められますか?」
 降谷はずっと風見のことが好きだった。視界に入るたびに年甲斐もなくドキドキして、その視線の先に絶望しての繰り返し。だが、諦めることはしなかった。
 そしてついに巡ってきた、この機会。これを逃したら二度と来ないだろう。
「ん……。そうだな……風見、僕と付き合わないか?」
 地面に散らばる落ち葉を眺めていた風見が、虚をつかれたように降谷を見る。驚愕に目を見開いていた。
 その間の抜けた顔につい笑ってしまう。降谷に釣られて、風見も口角を上げた。
「ははっ……もう、降谷さん。冗談止めてくださいよ」
「冗談じゃない。……風見、僕と恋をしないか」
 冗談では終わらせない。
 降谷は手を差し伸べた。その手と地面を、風見は交互に見ている。まるで人に慣れていない猫のようだ。
 揺らいでいる。その背中を、ほんの少し押すだけでいい。
「さぁ、どうする?」
「っ……、……それで諦められるなら」
 眉根を寄せて呟いた風見がそっと、手を重ね合わせた。


 降谷の視線の先にはいつも、新一がいた。その意味に気づかないほど、風見は鈍感ではない。
「あーあ、報われないなぁ……」
 背中にかけられた声に振り返ると、顔に影を落とした降谷が苦しそうに笑っていた。その姿に胸が詰まる。どう返事をすればいいのかわからず、オウム返しのようになってしまった。
「そうですね、報われませんね……」
 降谷の想いは新一には届かない。それでも彼の姿を追い続けている。
 そんな降谷も、その視線の先も、もう見たくない。見たくないのに、見てしまう。どうやったら降谷の視線の先になれるのか、と日々悩み続けていた。
 あさましい自分を降谷はどう思っているのだろうか、と怖くなって意味もなく地面に散らばる落ち葉を数え始める。
「降谷さん、……どうやったら諦められますか?」
 これはいい機会だ。聞くなら今しかない、と風見は恐る恐る問いかける。
 降谷が新一を諦められるなら、なんだってする覚悟は風見にはあった。
 だからその代わりに自分を視界に入れてください、と奥底で願う。
「ん……。そうだな……風見、僕と付き合わないか?」
 想像さえしなかった言葉。冗談だと思いたくても、降谷の切なげな表情が本気だと物語った。
 それでも、風見は否定する。
「冗談じゃない。……風見、僕と恋をしないか」
 否定を否定され、しまいには手を差し出される。
 この手を取ってもいいのだろうか。こんな方法でいいのだろうか。風見の中で、欲望と理性が競い合う。
「さぁ、どうする?」
 陰になっているにもかかわらず、血色のいい唇。それが甘い言葉とともに風見を誘う。
「っ……、……それで諦められるなら」
 その誘いを、断る理由なんてなかった。


 そして、ふたりは思う。
 ああ、やっと手に入った、と――。