アルカトラズの置き土産

「亮平くん、過保護だからね」
「でもそれが嬉しいんでしょ?」
「そうだなあ。……嬉しいのは、嬉しいよ。亮平くんに構ってもらえるのも、守ってもらえるのも。でも」

 ――亮平くんがそろそろ嫌なんじゃないかなあ、とは思ってるよ、ふっか。


****


 華川友貴。その名前を聞いて何らかの反応を返さないジュニアは少ない。へえ、とかふうん、とかそういうレベルではなくて、ああ、あいつね、と。この完全な男社会であるジャニーズ事務所という大きなくくりの中にあって、華川友貴という存在は、あまりにも異端だった。

「華川友貴です。宜しくお願いします」

 長い黒髪がさらりと落ちて、隠されたその表情を見ることは出来ない。
 華川友貴は生物学上、女性であって、男しか居ないはずのジャニーズの中では違和感が極めて大きいはずの、女の子であって。友貴がぺこりと頭を下げた時、驚いたのは嘘じゃない。でもそれよりも驚いたのは、レッスンが始まって少しした時。
 ――ああ、この子はここに入るべくして入ったんだなあ。
 ごく自然に、そう思っていた。同年代の女の子たちよりも少し高い身長、とはいっても当時の友貴は小学一年生。小さな小さなその体で懸命に踊るその姿は、確かなカリスマ性を感じさせて。

「友貴ちゃん、って呼んでもいいかな」
「はい、阿部くん!」

 性差というのは、否が応でも襲いかかる障害のひとつだ。これから俺たち以上の苦労をするだろう友貴に、同情心がなかったといえば嘘になる。それでもあの時、遠巻きにされている友貴にただ一人、俺が話しかけた時。花が咲くように笑った友貴のその顔を、ただ守りたいと思ったのは、嘘じゃなかった。





 友貴の同期には、京本大我という子がいた。同期、というか、年の離れた幼馴染というか、とにかく友貴と大我は仲が良い。何なら家族ぐるみの付き合いだし、友貴なんて京本政樹さんに死ぬほど可愛がられている。だから大抵、友貴の隣に居るのは大我だった。
 大我がいるのだから、大丈夫だ。友貴は今日もきらきらと笑っているから、大丈夫。そう思っていて、そう思いたくて。友貴の笑顔を守りたいだなんて思っておいて、俺は結局、友貴の笑顔しか見たくないのかもしれないだなんて、そんな、――そんな。

「ゆ、」

「――やめて」
「やめて? 違うよなあ、教えただろ?」
「、やめて……ください」
「え〜、どうしよっかな〜。……そんなにこれが大事?」
「っ、はい」
「じゃあ――ダーメ」
「っだめ、やめて……!」

 名前も知らないJrが、友貴の背よりずっと大きい男の子が、何かを右手に持っている。きっとそれは友貴にとって、大切なものだった。大事なものだった、はずだ。
 パキン、と乾いた音がした。ぽろぽろと、友貴は涙を流している。それを冷たい顔で見ているJrのことが許せなくて――本当は、すぐに動けなかった自分のことも許せなくて。

「何してるの」
「げ、阿部くん」
「りょ、へく、」

 ああ、だめだ。友貴のこと、泣かせちゃった。

「何してるのって、聞いてるんだけど」

 パキリと響いたその音と共に絶望に染まった友貴の瞳が、頭の奥にこびりつく。大我がいない今だから、友貴のことは、俺が守らなくちゃいけなかったはずなのに。

「……ごめんなさい、亮平くん」
「……友貴?」
「なんでもないよ」

 友貴、ねえ、友貴。今きみにそんな表情をさせている人間は、いったい、誰なの。





「亮平くん」

 阿部くん、阿部くん、と懐いてきてくれていた友貴からの呼び方が亮平くんに変わったのはいつだっただろう。俺はいつから、友貴のことを友貴と呼び出しただろう。そんなこと覚えてはいないけど、そうなるまで友貴のことを可愛がっていたのは確かだ。ごめんね、と友貴に謝っている自分の声が耳から抜けていって、終わる。
 もっと、もっと早く、この体が動いていれば良かった。もっとずっと、俺に影響力があれば良かった。「慣れてるから」って諦めたように笑う友貴なんて見たくなかったのに。

「亮平くん、ね、あのね」
「ん、?」
「来てくれてありがとう。助けてくれて、ありがとう。……うれしかった」

 ふんわりと微笑む友貴の顔に、疲労が透けて見える。ああ、もう、ほんとうに。

「もう慣れたとか言わせないから」
「……亮平くん?」
「俺が守るよ。……俺が友貴を守るよ」

 大我にも負けないくらい、友貴のことを守りたいと思ったから。これからずっと、守っていくと誓ったから。


****


「――だから、嫌になる日なんて一生来ないよ」
「……亮平」
「ね、友貴」
「怖いなあ、ほんと。……どこから聞いてたの?」
「結構前から居たよね」
「あ、やっぱりふっか気付いてたんだ」
「ちらちらしてたから」
「気付いてなかったのわたしだけじゃんか」