いつかを思い出して

監督の姿を目に、ぞろぞろと散らばっていた少年達が一点に集まり始めた。響木は右から左へ視線を動かし、「みんな揃ってるか?」と確認を取る。

────途端。風を切る音が耳に届く。
真っ先に反応した鬼道は、振り向きざまに足を振り上げ、飛んできた何かを蹴り返す。

「不動!!」
「何の真似だ!」

蹴り返されたサッカーボールは真っ直ぐと、不動と呼ばれた少年の足に戻った。
周囲が唖然とする中、不動はニヒルな笑みを浮かべて、その瞳に鬼道ただ一人だけを映している。

「挨拶だよ挨拶。シャレの分かんねえヤツ」

とは言いながらも、明らかに違うものが含まれているのは、彼の表情からでも分かる。
試すような表情、態度。彼と何かしらの因縁があるのか、鬼道の隣に立つ佐久間は振り返る。

「響木さん、まさかあいつも…!」

ここに居るという事は、響木に呼ばれて集まった、という事だろう。だが、信じられない。不動明王という男がどういう人物なのかは、さすがの響木も知っているはずだ。
敵意を剥き出した佐久間に対し、響木は何故かにいっと笑う。よく聞け、と騒がしい辺りを静め、言った。

「お前達は、日本代表候補の強化選手だ!」
「日本代表?一体何の?」

いきなり日本代表と言われてもピンと来ない。円堂は疑問符を浮かべながら尋ね返す。

「今年からフットボールフロンティアFFの世界大会、フットボールフロンティアインターナショナル…通称FFIが開催される」

円堂が分からないのも当然だった。今年、初めて開催される大会なのだから。
響木は彼らの思いを汲み取って、順を追って簡潔に説明する。
少年サッカー世界一を決める大会。そして、今ここに集められたのは代表候補の選手達。その事実に辺りには沈黙が流れる。

「世界……すげぇぞ、みんな!次は世界だ!!」
「「「おぉおおーーーっ!!!」」」

そんな沈黙を真っ先に破り、声を張り上げた円堂に続いて雄叫びを上げた選手達は、拳を天井に突き上げる。
辺りは歓喜の声で包まれ、緊張する者や嬉しそうに語らい合う者、選手達はそれぞれの反応を見せる。

「いいか、あくまでこの二十二人は候補だ。この中から十六人に絞り込む!」

興奮した様子を見せる選手達を静止するように告げられた響木の言葉。
あくまでも候補だという事を忘れてはいけない。そう、まだ候補だと言うだけで日本代表に選ばれたわけではない。ここから世界に挑む十六人が選出されるのだ。

「あれ、二十二人…?」

口から思わず零れた言葉。黒鷹は辺りを見回し、一、二…と人数を数える。

___やはりおかしい。人数が合わない。
何度、数えようとも変わらない数字に黒鷹は、一人だけ眉にしわを寄せた。
もしかしたら、響木の言い間違いかもしれない。ありもしない事だとは分かっていながらも、黒鷹は片手を上げた。

「すみません。ここに居る人数は俺を含めて二十三人のはずですが…」

少し控えめに、恐る恐るそう告げると、先程とはまた違った騒がしさが耳に届く。

「ほんとだ」
「確かに、一人多いな」

黒鷹の発言に、同じく周りの人数を数え始めた者は少なくなく。数え終えた者達の口から、次々とそんな言葉が囁かれ始めた。

「いや、二十二人で間違いはない。黒鷹、お前は既に代表入りが決定している。つまり、お前を除いた二十二人というわけだ」

ざわり、またよりいっそう騒がしくなる。周囲の視線を集めた当の本人は、頬にたらりと汗を垂らしていた。

「あの、聞いてません」
「言っていないからな」
「何で!?」

疑わしげに目を細め、聞いていないという事を指摘すれば、言っていないと返される。
こんなにも大事なことなのに何故伝えられていないのだ。響木の返答に思わず声を荒らげてしまう。

「俺じゃ無くてキャプテンと間違えたんじゃ?」
「間違えていない。お前はとある人からの推薦で選ばれている」
「え、こわ……」

またも聞き馴染みの無い言葉に恐怖すら覚える。
とある人?推薦?と首を傾げているも、時は待ってくれないように、響木は彼に構わず隣に立つ少女に視線を向けた。

「まず十一人ずつ、二つのチームに分けます。その二チームにより二日後、日本代表選手選考試合を行います」

響木の視線を受けた少女、雷門夏未は、淡々と選考試合の説明を始める。
黒鷹にはそれを遮るほどの勇気はなかった。まだまだ言いたいことは色々あったが、それらの言葉を飲み込み、大人しく諦める。

「では、メンバー編成を発表します」

真剣な顔で手元のバインダーに視線を落とすと、そこに記載された通りに読み上げていく木野。
名前を呼ばれた選手達は、チームごとに別れていく。

「円堂、鬼道。お前達がそれぞれのキャプテンだ」

名前を呼ばれた円堂、鬼道がそれぞれのチームのキャプテンを任命され、意気込みながら返事を返した。

しかし、既に不動の入っている鬼道チームには不穏な空気が流れていた。その元凶は、言わなくてもわかるだろう。
嫌な笑みを浮かべる不動は、わざとなのか否か。どうにも癪に障るような言い方ばかりだ。

「試合は二日後。一人一人の能力を見るために連携技は禁止とする」
「つまり、個人技で戦うっていうわけか…」

不穏な空気が漂う中で、響木は説明を続ける。連携技は禁止、少しばかり痛い条件だ。

「……楽しそうだなぁ」

試合に参加しない黒鷹だけが、その様子を眺めながら能天気に呟いた。

「持てる力の全てを出してぶつかれ!」
「「「はい!!」」」

選手達が響木の言葉に呼応する。やる気に満ちた声は、体育館全体に広がった。

「俺も試合したいな〜」

ただ一人、黒鷹は羨ましそうにしながらも、ガックリと肩を落とした。そんな彼の姿を近くで見ていた木野は、僅かばかりの苦笑を零した。





色々な事情で真っ先に代表入りが決まってしまった黒鷹は、一番乗りで日本代表の選手達が寝泊まりするための合宿所に来ていた。
合宿所、と言っても場所は変わらず雷門中学校。校舎内に併設された、合宿所専用の建造物を借りているというわけだ。

帰り間際、響木から部屋番号を伝えられた黒鷹は、一人寂しく廊下を彷徨う。
やがて自室となる部屋の前に立つと、少し緊張した様子で「お邪魔します」と何とも他人行儀に、ドアノブに手をかけて入室した。

「おぉ…思ってたより広い」

部屋を見回して呟いた黒鷹は、肩にかけられたエナメルバッグを床に置くと、白いシーツの上に腰をかけた。
そのまま呆然と真っ白な天井を見上げる。今日は色々ありすぎたな、と思いながらふと、思い出す。
ジャージの前ポケットに入っていた携帯を取りだすと、黒鷹はある電話番号を打ち込み、そっと耳に近付けた。

「一日ぶりだね、キャプテン」
「はいはい。一日ぶりだな、翔宇」

数回のコールの後、聞こえた声。携帯越しの声からは、まるで呆れた様子が感じとれる。

「それで、都会はどうなんだ?」
「うーん、迷子になりかけたけど何とか?」
「お前らしいな」

辿り着くまでどれほど迷ったのかなど、軽く話しながら、黒鷹は頬に苦笑を浮かべた。
別に彼が方向音痴、というわけでは無い。単純に都会の広さに慣れていないだけだ。

「それで、わざわざ電話をかけてきたってことは何か話があるんだろ?」

さすがキャプテン、そう言いたい気持ちをなんとか抑え込み、言葉を飲み込む。
携帯を握るてのひらに汗を感じながら、黒鷹はゆっくりと口を開いた。

「キャプテン、いや────空大かなた。俺、実はさ、日本代表に選ばれちゃったみたいで」

体育館に集ってからの出来事を事細かに説明する。
今年から開催されるフットボールフロンティアインターナショナルFFIの詳細、そしてそれにどうして自身が選ばれたのか、簡潔に。

「…そうか、だからあの雷門中にお呼ばれされたのか」

最後まで黙って耳を傾けていたみなと空大かなたは、なるほどなるほど、と何度も相槌を打つように返事をする。

「お前は俺達、翼空たすく中の期待の星だな!俺達の学校は田舎だから今まで部員の人数も足りなくて、フットボールフロンティアに参加することが出来なかった…」

悔しげに震える声に、黒鷹はまた始まった、と呆れた。
中々部員が集まらず、今年のフットボールフロンティアにも参加できずに、泣き寝入りしてしまった黒鷹を含む翼空たすく中サッカー部。
フットボールフロンティアが終わった後も、その悔しさは変わらず、毎度この話になる度、湊は悔し涙を流していた。

「だが、お前がこの試合で活躍すれば、ようやく俺達にもスポットライトが当たるはずだ!」
「空大、すっごい熱くなってるけどそれプレッシャーってやつだぞ〜」

しかし、黒鷹がそんな翼空たすく中の星として世界で輝き、勇姿を見せてくれさえすれば、湊の声に熱意がこもる。

「ま、大変だと思うが頑張れ」
「いや、軽い軽い!」

そして最後は何とも投げやり。他人事だと思いやがって、と心の中で吐き捨てると同時に、ぷつり、と切られた電話。

「あ!切りやがった!」

覚えてろよ、と何やらぶつぶつと呟きながら、黒鷹は後ろに倒れ込む。
ぼふん、と吸収された衝撃。蛍光灯の光が眩しくて、それを避けるように右手を掲げた黒鷹は呟いた。

「自信、無いなぁ…」

右手首に着けた黒のリストバンドが視界に入る。彼の言葉は誰にも届かず、静かな部屋に溶けていった。


─────二日後。
あっという間に選考試合当日となってしまった。円堂率いるAチームと、鬼道率いるBチームはそれぞれ別の場所へと集合した。

「みんなー!新しいユニフォームよ!」

元気な声を張り上げた木野は、左手にゴールキーパー専用のユニフォーム、右手にそれ以外の選手用のユニフォームを掲げた。
体育館へと集まったAチームの面々は、木野の元に集まるとそれぞれユニフォームを受け取る。

「これが日本代表のユニフォームかぁ…!」

感嘆に浸りながら、受け取ったユニフォームを袋から取り出す円堂。
木野がいることも忘れ、ジャージを脱ぎ捨てると新しいユニフォームに袖を通し始めた円堂に、他の者達も続く。
すっかり地面は彼等の脱ぎ捨てた服で埋め尽くされてしまった。

「真っ青でかっこいいね〜」

青い地に白のライン。胸元に稲妻のエンブレム。これに着替えて選考試合に挑むというわけか。
選手達が着替える中、木野の隣でその様子を眺める黒鷹。
そんな彼を目に映し、あっ、と思い出した木野は、傍らのダンボールに手を入れる。

「はい、黒鷹くんの分も」

ガサゴソとダンボールを漁ると、着替え中の円堂達から目を背けながら、一つの青いユニフォームを差し出した。

「え?俺の?」
「うん。監督から先に渡しておくようにって頼まれてたの」

目をぱちくりと瞬かせ、自身を指差す黒鷹に木野は微笑みながら頷いた。
差し出されたユニフォームに手を伸ばす。早速袋から取り出し、布を掴んだ手は少し汗ばんでいて、そこから彼の緊張が伺える。

「なんか、まだ実感湧かないな…」

肩部分を摘み、折り畳まれたユニフォームぱさっと広げ、掲げる。
それを見ていると無性にサッカーボールを蹴りたい気持ちに駆られ、黒鷹は深い溜息を着く。

「あーあ。俺も試合出たいなあ〜」
「まあまあ…」

ぼやかれた言葉に、木野は苦笑しながらもそれを宥める。

「黒鷹くんは日本代表に選ばれたのに、あまり嬉しそうじゃないね」

試合のことばかりぼやいている黒鷹に、何とかして話題を変えようとした木野。
木野の言葉に黒鷹は、うーん、と少し唸り声を上げた。

「そうかなあ…でも、そうかも」

彼女がそう感じるのも無理は無い。
彼は誰よりも先に代表入りが決定している。選ばれるだろうか、という緊張や不安を感じる必要は無い。確実に世界へ行ける。普通なら大喜びするだろう案件。

しかし、彼は違った。
喜ぶ様子さえ一つもない。ただ、たたえられている笑みは何処か不安の色が乗っている。
そして、それを肯定するように、本人も曖昧に答えて否定はしない。

「俺、ただサッカーがしたいだけで、特に目標も無くボールを蹴ってたし」

なのに、と黒鷹は言葉を続ける。

「いきなり誰かも知らない推薦で日本代表って言われてもあんまりピンと来ないっていうか、素直に喜べないんだよね」

眉尻を下げて笑った彼に、かける言葉が見つからず、申し訳なさそうな表情を浮べる木野。黒鷹はそれに気付かないフリをして、僅かに顔を俯けた。

「俺の何を見て、何を知って選んでくれたのか。───分かんないから自信、持てないんだよな」

聞こえないくらいの声量で呟いた声。
右手首をリストバンドの上から強く握り締めると、僅かな痛みが走った気がした。

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