メルト・ソーダ


遠くで鴉の声がかすかに響く。
山の向こうで沈みゆく夕日から溢れだしたオレンジが、ゆっくりと鮮明な青の中に混ざり溶けていく。
帰路を辿りながら深まりゆく黄昏を仰いだ苗字は、ぐっと背筋を伸ばした。

「はー!今日も頑張った!」
「名前は見てるだけだっただろ」

サッカー部の活動を終え、下校中。
夏空の下、汗だくになりながらもグラウンドを駆け回った風丸に対して、何の気まぐれか。練習風景の観戦に来ていた苗字は、当たり前だが疲れもなく、晴れやかな表情で声を上げた。
並んで隣を歩いていた風丸は、少し呆れた様子ですかさずツッコミを入れる。

「見てたじゃん!頑張ってるでしょ!それにちょっとだけ木野さん達の手伝いもしたし!」
「そんなんでいいのか?」

頑張ったの基準値が低すぎるんじゃないか、と言いたげな目付きが苗字を見る。しかし、彼女は彼の目線を気にもとめず「いいの、いいの!」と弾けるように笑う。
いつもと変わらない、何とも能天気な苗字らしい態度に、風丸は悪い気はしないながらも小さな溜息を零した。

「ね それより風丸、アイス食べたくない?」

そんな彼の気も知らず、すっかり話を受け流した苗字は、左手で風丸の服の裾をつまみながら、右手で少し先のコンビニを指差した。
強請るようにきゅるんと目を丸くして、可愛こぶりながら見上げてくる苗字。
またコレか。何度も見せられたその仕草だが、それでもドキリと心臓が揺れて、風丸は眉根を寄せた。

「……奢らないぞ」
「いいよ、自分で買うもん」

何とか堪えながら、いつも通り返した風丸に、いじけた様子でふん、と顔を逸らした苗字は、パタパタと駆け出してコンビニの中に入っていく。
数分して、片手にアイスを掲げて上機嫌な苗字が、外で待っていた風丸の元に寄ってきた。
彼女が手にしていたのは棒が二つついた、一人で食べるには少し大きい爽やかな空色のアイス。ササッと素早く袋から取り出した苗字は、手馴れた手つきでパッキリとアイスを半分にすると、綺麗に割れたその片方を風丸に差し出した。

「はい、半分こ!一緒に食べよ!」
「半分こって、自分が食べるために買ったんだろ?いいのか?」
「私は風丸みたいにケチじゃないからね〜」

誰がケチだ、と言い返しながらも風丸は彼女の手からアイスを受け取る。それをまじまじと見つめ、本当にいいのだろうかと苗字を見れば、彼女はきらきらと目を輝かせて「はやくはやく!溶けちゃうよ!」と急かしてくる。
苗字の視線を受けながら、ぱくりとアイスを口にした風丸の口内には、暑さを吹き飛ばすような冷たさと、夏らしいソーダ味が広がる。その傍らで、彼が食べたのを確認した苗字は、にやにやと笑みを浮かべながら言った。

「女の子に奢ってもらって食べるアイスのお味はどうかね?」
「あぁ、はいはい。美味しいよ」
「そうだろう、そうだろう!私のお気に入りアイスだからね!」

何故か得意げに頷くと、苗字もアイスをパクリと一口。慣れ親しんだその味に「おいし〜!」と幸せそうな表情を浮かべる彼女。
アイス一つでここまで大袈裟な反応を示せるのは苗字くらいだろう、風丸はそんな事を思いながら眉尻を下げておかしそうに笑った。

「いい?風丸にはトクベツに教えてあげてるんだからね?」

みんなには秘密だよ、と唇へ人差し指を当てて笑う苗字。
特別。みんなと自分の間に引かれた一線が少し嬉しい。それを噛み締めるように再びアイスを口にすれば、苗字はそれにしても、と言葉を続ける。

「ソーダ味って風丸みたいだよね」

また突飛推しもないことを言い始めた。彼女は時折、理解できないことを言う。

「……それは褒めてるのか?」
「褒めてる褒めてる、超褒めてる!爽やかで美味しいくて、私が一番好きな味!」

少し遅れて聞き返せば、苗字は大きく頷いて満面の笑みを浮かべた。

​────一番好きな味。
その言葉に思わず足が止まる。きっと深い意味はないのだろう。彼女はどうせ分かっていない。けれど、期待してしまう。
ぽたり、と溶けだしたアイスが地面へ滴り落ちれば、彼女はくるりとこちらを振り返る。

「風丸?どしたの?」

一歩先にいた苗字が戻ってくると、不思議そうに風丸の顔を覗き込む。その瞬間、ビシ、と彼女の頭部に衝撃が走り「あてっ!」と間抜けな声が漏れる。

「俺は食べ物か」

呆れたように、おかしそうに、心底楽しそうに。
ないまぜのまま笑った風丸は、手刀を食らった頭部をおさえたまま呆然と立ち尽くす苗字を置いて先を歩く。
だが、すぐ我に返った苗字は「待てー!逃がさんー!」と風丸の背に勢いよく飛び込んだ。

25.09.24

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