Happy Birthday

 04/07、ESでのパーティーも終えた次の日の午前5時頃。机の上に置いたままのスマートフォンが軽やかな曲を奏で震えていた。初めは目覚ましだと考えていたもののゆっくりと浮上する意識と同時に着信だと気づき、何か重要な用なのだろうかと急いで画面を確認するも表示されていたのは家業や仕事関係ではなく尊敬する先輩の名前。急がなくても良かったと肩下ろすもこの先輩のことだ、何かとグチグチ突付いてくるだろう。朝特有の気だるさに溜息をつきながら、指で応答ボタンに触れる。

「もしもしかさくん。俺からの電話はすぐに出るようにと口酸っぱく言ったよねぇ。忘れっぽい所まであの馬鹿と似ないでくれる?」

 やはり予想通り。かけた本人は電話に出た途端に喋りだし、此方が反論する隙を与えまいと我がユニットの初代王と私の悪い意味で似ている点を長々と語り始めた。

「……てこと。わかった? 理解したなら返事して。全く……卒業する前から全然変わってない。それどころか悪化してるんじゃないのぉ」
「失礼ですが。このような時間に突然電話をかける瀬名先輩はどのような神経の持ち主なのでしょう。悪いのは人様の迷惑も考えず常識を超えた行いをする先輩の方では」
「はぁ? この俺に楯突こうとは良い度胸だねぇ。チョ〜うざぁい。態々フィレンツェからか……あ、ちょっ────」

 一方的な先輩の言葉はプツリという音と共に消え去ってしまった。寝起きというだけで普段より感情的になってしまった私の責任でもあるのだが、先輩が要件を伝えず延々とお説教紛いの事を続けたせいで近くにいた人物が取り上げたのだろう。機械越しに小さく『セナ』と聞き覚えのある呼び声が聞こえたので取り上げたのはレオさんに違いない。その際間違って切ってしまったのだろうか。
 何故かけてきたのかがわからぬまま再度相手の電話を待っていた時間、凡そ三十分。その間即座に対応できるよう端末と向かい合わせで座って待機していたというのに。流石に此方からかけ直そうと思い立ち着信履歴から瀬名先輩の名前へ親指近付けようとした瞬間ピコンと小さな着信音がなり反射的に指を引っ込めた。画面上部にはたった今呼び出そうとしていた人物からの『金糸雀館で待つ』という文字だけが浮かんでいる。何故その場所なのかはわからないがあの後輩いびりが趣味であった先輩の事だ、説教は直接と言う事なのだろう。
 

「3分の遅刻だけど」
「あらやだ、司ちゃんしっかり着替えてるわァ」
「時間の指定は無かったと記憶しているのですが……。誰に見られているのか分からぬ以上idol朱桜司……及び朱桜家当主たる者、迂闊にRelax modeのまま外出などできませんし……って、鳴上先輩? と、凛月先輩まで」

 身なりを整えこっそりと抜け出してから徒歩数十分かけ金糸雀館跡地に向かうと、そこには同ユニットの先輩方全員が集まっていた。鳴上先輩はまだしも朝に滅法弱い凛月先輩までもがこの時間に起きているだなんて。帽子を深く被っている所を見ると緊急召集されたようにも感じてしまう。

「Unit……こほん。ユニットメンバーが1か所に集まっているとは、何かあったのですか? Knightsに予期せぬ危機が迫っているのでしょうか」
「容易に答えを求めるな、新入り。……なぁんて! あの頃を思い出すなぁ、スオ〜」

 わははと普段通りに笑いながら、つい先程まで作曲していたのか持っていた白銅色のペンで私を指す。蓋の空いた部分を内側にしたせいで手のひらにインクがつきそうな距離なのもお構いなしに。このままでは瀬名先輩に汚れると……ああやっぱり叱られた。
 ついでのように、教えてもいいでしょうと叱る瀬名先輩に軽く謝ったレオさんは、私達が集まった経緯を簡単に説明してくれた。レオさんと瀬名先輩は本日フィレンツェへ帰ること。その為王である私だけに挨拶するつもりが、何処からか聞きつけた凛月先輩が鳴上先輩を連れて無断で来たこと。その情報が本当ならば、どうやらKnightsが集まってしまったのは偶然の出来事らしい。

「粗方はわかりました。偶然とは言え、全員でお見送りができるのは良いことですね」
「ふふふ……それだけじゃないんだよねぇ。ね、月ぴ〜」
「ああ。お前なりの王をしっかり務めてるスオ〜には……っと、あれ? 何処だ?」

 怪しくも楽しそうに見える笑みでレオさんを捉えていた凛月先輩の視線が空中を進み、私の視線と重なる。どんな意図で見られているのか分からぬ私は前髪の裏で薄く顰め、首を傾げると見せかけそっと目を下に動かす。
 その間も瀬名先輩の隣に置かれた鞄を探るレオさんは、其処から数枚の紙を取り出したと思えばそれを綺麗に纏めて私の前へ。プレゼントだと差し出すそれには普段の描きなぐったものではない、丁寧に紡がれたであろう朱の音符が貼り付けられていた。

「楽譜、ですか? 昨日頂いた『新王生誕おめでとうのうた☆』とは別物のようですが。……おや? Titleらしき所にレオさんらしからぬ物が書かれておりますね。spe...r......」
「それはイタリア語。『speranzaスペランツァ』……意味は自分で調べてよねぇ。そこまで手間かけさせないで。……と、まぁそういうことだから」

 何故かレオさんではなく瀬名先輩が、見てもいない楽譜のタイトルをこたえた。よく見ると並んだ音符の下に一音も外さずしっかりと言葉も連なっている。察しの悪い人でも何故瀬名先輩がタイトルを応えられたのか簡単にわかるだろう。
 私の為に態々帰国してくださるだけでも嬉しいというのに、サラリとこのような事までしてしまうだなんて。

「あ〜……ス〜ちゃんも俺も眠気が限界みたいだし、用も済んだでしょ。早く戻らないと仕事を奪われるかもねぇ」
「やっと泉ちゃん自身の売出しで掴んだお仕事なんだから、台無しにしちゃダメじゃない」

 楽譜を掴む手に力が入ってしまった私に凛月先輩が近づき、被っていた帽子を優しく頭に乗せられた。突かれて欲しくはない所を刺激されたのかうるさい、ヘマはしないと鞄を持ち上げた瀬名先輩が吐き捨てる中、微かに揺れる視界を動かしそこに凛月先輩を映すと今までに向けられた事はないのではと思うほどの柔らかな笑みを返されてしまった。私を呼ぶ鳴上先輩も帽子越しに撫でるよう軽く手を弾ませる。私の誕生日は終わってしまったというのに。
 こういう場面でも先輩方には敵わないなと頬を緩めては、離れていく二つの背中に感謝の言葉を伝える。先輩方は此方を向くことはなく何処か嬉しそうな声音で別れの挨拶を返してくれた。

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