不透明
「少し付き合えよ」
夏樹はいつもの飄々としたニヒルな感じではなくどこか急かしているように思えた。いいなんて言ってないのに私の腕を引くと単車の後ろに乗せられた。ヘルメットを被る。夏樹は黙ったままだった。
「どこ行くの」
「分かんない」
「えぇ」
夏樹は気遣いが出来る人だ。みんなに優しくて、何か困っている人がいたら放っておけない性格だ。そんな彼女だからこそ何も言わずに引っ張り込むことが珍しくて、不思議に思った。
「らしくないって思った?」
「ん? まぁ、こんな日もあっていいと思うよ」
「……」
「いつも気を張ってたら疲れるよね」
夏樹はあまり人に弱音を吐かない。努力しているところも人に見せたがらないし、そういうところが好かれる理由なんだろうと思う。同時に、側から見ていて格好良くていい子な性格も疲れてしまいそうだと思うこともある。そんなことを考えているうちに辺りはどんどん暗くなっていた。
「暗くなっちゃったね」
停まったのは、海が見える場所だった。夏樹はヘルメットを取ると難しそうな顔をしていた。こういう顔をするときは大抵何か壁にぶつかっているか、考え事をしているか、そのどれかだ。
「海が見たくなってさ」
歩いてもいいか。
暗くて夏樹の表情がよく見えない。私が頷くと、夏樹は私の手を引いて歩き始めた。
「私なんかとこんなところに来ていいの」
「何だよ。連れてこられて嫌だったか?」
「違う。夏樹と一緒にいてもっと楽しく話せる人ならたくさんいるっていうこと」
「なんだよ。それ」
「私と話しててもそんなに盛り上がらないでしょ」
「そう言うなよ。[#dn=1#]といるのが一番気楽で落ち着くんだ」
名前と来たかったんだよ。そう言って夏樹は砂浜に腰を下ろすと、海を眺めていた。こんな夜に海に来ると肝試しをしている気分になる。夏樹は何か考え事をしているのだろう。ずっと黙ったままで、私も同じように黙って横に座って夜空を見ていた。
「海好きなんだっけ」
「普通だよ」
「私も。でもたまに見たくなるよ」
「まぁな。それでアタシも[#dn=1#]を付き合わせたんだけど」
「ふぅん」
「落ち着くんだよな。目閉じてザーって音聴いてると」
夏樹は目を閉じて波の音を聴いていた。本当に何の予定もなく海に来たらしい。目を閉じている夏樹はじっとしていて眠っているようにも見えた。
「くだらないこととか消してくれる気がするだろ」
夏樹はそう言うと私の頭をおもむろに撫でた。きっと私が悩み事なんて聞いても良い答えが返せるとは思えない。きっと夏樹も他の子に大切なことは打ち明けるだろう。そんなことも私の勝手な杞憂に過ぎないのかもしれないけれど。
「[#dn=1#]」
「何?」
「こっち来て」
私が言われるままに更に距離を詰めると、夏樹は私の頬に手で軽く触れた。
「ねぇ」
「ん」
「何を考えてるの?」
「別に」
私は夏樹に出会ってから彼女が何を考えているのか分からないまま過ごしているような気がする。ギターが好きで、歌うことが好きなロックを信条にしている夏樹のことしか分からない。夏樹はいつも通りに笑っているままだ。
「キスしていいか」
口に柔らかい感触が触れ、離れていった。夏樹は私の身体を抱き締めたまま何も言わない。背中に手を回すと、まるで時が止まってしまったように私たちを包む世界が静かで怖くなってしまった。