ナミさんにはトロピカルジュース、ロビンちゃんにはアイスコーヒー、そしてノアちゃんにはアイスティーと、うちの麗しのレディ達の食後のドリンクをそれぞれ淹れ、今日は暑いからとデザートにはアイスクリームのフルーツ添えを三人分お盆の上へと乗せる。野郎どもの分は纏めて冷凍庫に突っ込んだ。デザートを運ぶおれに気付いたアイツらが勝手に取りに行くか、それより先におれに気付いたノアちゃんが恐らくやってくれるだろう。男連中への給仕なんざ必要無いと何度伝えても、これがメイドである自分の仕事なんだからと言って彼女は譲らねェ。
 もちろんノアちゃん自身が優しいからと言うのもあるが、彼女の過去の生き方がそうさせているのだろうと考えると少し悲しくなる。この船に乗ってからというもの奴隷だったノアちゃんの考え方を少しずつでも変えてもらう努力は船員の全員がしているから徐々にではあるが自分を奴隷として扱うことは減り、おれ達に対しても仲間意識を持ち始めてくれてるみてェだが、それでもまだ根底に根付いちまってる意識は変わっちゃくれない。

 …先ずはおれ達の前でもっと笑顔を見せてくれるようになってくれりゃ良いんだけどなァ。

 彼女はあまり笑顔を見せない。笑顔だけじゃなく、嫌悪も羞恥も、とにかくそういうのを見たことがない。と言うより、本人曰くあまり感情の変化が自分でもわからないらしい。わからないというよりはきっと奴隷として、そして一人で逃げ回ってきたから忘れちまったんだろうとおれは思っている。笑顔じゃなくても、喜怒哀楽何でもいい。あまり感情を揺らがせることのない彼女の様々な表情が見てェのに。
 ノアちゃんと出会ってから何度も繰り返し考えた埒もない事を考えつつレディたち三人分のドリンクとデザートの乗ったお盆を片手に持ち、芝生甲板へ続く扉を開けたおれは、見たことのない光景にぱちりと目を瞬かせた。

「…なにやってんだ、オメェら。」
「おォサンジ!しぃっ、しーだぞ!デカい音立てるとノアが起きちまうからな!」
「おめーの方がうるせェよチョッパー!ノアが起きたらどうすんだ!」
「おめーの方がうるせェって言うウソップの方がうるさいぞ!」
「おまえらどっちもうるせェ。…つーかノアちゃん寝ちまってんのか?」

 芝生甲板のベンチ脇にしゃがみ込んでいたウソップとチョッパー。…まーた何かよくわかんねェ発明で盛り上がってんのか?
 なにやら楽しそうな様子の二人に近寄ると、おれに気づいた途端緩んだ表情をさらに緩め嬉しそうな声を上げた。…なんだその顔、普段ンな顔見せねェじゃねえか気持ち悪ィな。

 うげ、と思わずのけぞってしまったが、その気持ち悪さはすぐに払拭された。二人の奥で奴らの視線を釘付けにしていたのはベンチに腰を下ろし、メインマストに背を預けて瞼を伏せているノアちゃんの姿。どうやら転寝をしているらしい。
 …あァ!?うたたね!?ノアちゃんが!?

「……ノアちゃんの寝てる所なんて初めて見たぜ。にしてもかァわいいな〜〜!」
「そうなんだよ!こいつこの船に乗ってからもおれ達の前で気の抜けた姿見せた事なかっただろ?だから珍しいのと嬉しいのとでついついここで寝顔を眺めちまってよォ。」

 初めに声のトーンを控えろと言ったのは何処の誰だったか。ウソップはまるで新しい発明品が完成したのと同じくらい高いテンションで返答しながらも、その視線はノアちゃんから外れねェ。…かく言うおれもこんな緩んだ姿を見せる彼女から目を離すことが出来ないでいるんだから、同じようなモンか。このアホと同類なんて考えたくねえが。

「つーかテメェらいつから彼女の寝顔見てたんだよ。まさかずっとこの儘寝かせてたっつう訳じゃねェだろうな?ンな可愛い姿見つけたんならなんで早くおれを呼ばねェんだ!オラさっさとブランケット持ってこい!ノアちゃんが風邪引いちまったらどうするんだ!」
「さらっと爆弾発言するよなお前!」
「自分の欲望丸出しだぞサンジーー!!」
「うるせェ!さっさと持ってこい!」

 親指を下に向け、あからさまなブーイングをしながらおれの言葉通り渋々ブランケットを取りに船室へ入っていく野郎ども二人を黙殺しノアちゃんへ視線を戻す。随分と深い眠りの中にあるのか、これだけ騒がしくしていても彼女が起きる気配はない。すやすやと心地好さそうな寝息を立てて眠っているのがとても平和だ。

 やっとこの船で、おれ達の前で、此処まで気を抜いてくれるようになったんだなァ、ノアちゃん。

 自覚を持っちまうくらいデレっと緩んでしまう顔と、心があったかくなるこの感じ。これはきっとおれが愛してやまないレディの寝顔が見られたからってだけじゃない。彼女とおれ達の間にあった見えない壁が一枚取り払われたような、距離がまた一つ近くなったような。そんな嬉しさが強いからだろう。

「…っと、いけね。折角のデザートが溶けちまう。」

 ふとそこで自分が何故甲板へ出て来たのかを思い出した。
 溶けちまったら新しく作り直すから別に大した問題じゃないっちゃそうなんだが、そもそもそれ以前に恋人でもない異性がいつまでもレディの寝顔を眺めるなんて不躾だし、ノアちゃんだって良い気はしねェだろう。彼女の事だ、いつもと変わらない無表情で気にしてないと首を横に振るのは目に見えているが、これが逆の立場でおれが寝顔を見られる側だったら、……いや、おれはレディから寝顔を見られるなんて大歓迎だっつうか寧ろご褒美だけど……って、そうじゃねェ。兎に角だ、良い気分にさせることはないだろう。

 そう思って一度立ち上がるも、やはりと思い直して再度その場にしゃがみ込む。なんだかこのまま彼女の傍を離れるのは勿体無く感じてしまったからだ。

 ──悪ィなノアちゃん。あと少しだけ、アイツらが戻ってくるまではこの姿を見るのを許してくれよ。





××× 覚めない夢で笑ってほしい