劇薬に自ら手を伸ばした
律という不思議な人に出会ったのはもう2週間ほど前だった。
再び会うことはないだろうと思っていたが、どうやら縁があったのだろう。
偶然立ち寄ったコンビニに彼の姿を見つけた。
「律」
「ん?あれ、米屋君だ」
彼はこちらを見てへらっと笑う。
コンビニに律は似合わないな、と思って彼の持っているカゴの中ものを見て吹き出した。
「うわ、ちょ!?大丈夫?」
「な、なんつーもの買ってんの!?」
「何って、コンドームだけど…?」
いや、見りゃ分かるけど…
わかるけどさ?
「それ、買いすぎじゃね?」
3箱同時に買う人初めて見た。
「あー、消耗品だからね。それに最近種類多くない?」
「まぁ、確かに…」
「味つきとか光るやつとかどんな状況で使うんだろ」
この人やっぱり変だ。
真顔でなんつー話してんの!?
「そんな買って、どれくらいでなくなんの?」
「まぁ早くて1ヶ月ちょい?」
「…マジで?」
うん、と彼は頷いて苦笑を溢した。
「1日何人相手してんの?」
「その日によるけど。それに、1人1個ってわけじゃないし」
「あー、なるほど…」
この人マジでヤバい。
綺麗な顔はしてるし男の俺から見てもカッコいいけど。
背も俺より高いって陽太郎が言ってたし、人当たりは凄くいい。
確かにどう見てもモテるタイプだけど、今までどんな生活してたんだろ…
「米屋君は何してるの?」
「今日の夕飯買おうと思って」
「夕飯?親御さんは?」
一人暮らしだよと言えば彼は作ってあげようか?と首を傾げた。
「マジで?」
「その代わり泊めて」
「あぁ、そういうことか」
無償で手に入るものなんてほとんどないよ、と彼は言った。
どうする?と首を傾げた彼。
まぁ、最近まともなご飯作るから食べてないし答えは1つだった。
「じゃあ、お願いします」
「交渉成立ね」
宿決まってよかったー、と彼は笑った。
「あ、そうだ。なんか買う?ついでに買うけど」
「奢り?」
「流石にワザワザお金取ったりしないよ」
彼の言葉に甘えて肉まんをリクエストすれが彼は了解、と呟いてレジに向かっていった。
カゴの中を見てぎょっとしてる店員なんて彼の目には映っていないのか、真顔で肉まんを頼んでお金を払っていた。
「はい、どうぞ」
「どうも」
この時期の肉まんはマジで美味しい。
熱々のそれにかぶり付けば彼は微笑ましそうに目を細めた。
「夕飯何がいい?」
「がっつりいける感じで」
「高校生らしいリクエストだね」
コンビニの外でキャリーバックを開けた彼は買った物を中に仕舞う。
「…洋服多いな」
「ん?まぁ、そうだね。いつも同じ服ってわけにもいかないし。知り合いのお店とかにも置いてもらってたりするよ」
「へぇ…」
あ、そうだと彼は顔を上げて何処かいやらしく笑った。
「折角だし、使う?」
「使うって何を?」
「コンドーム」
彼の言葉に肉まんを噴き出しそうになった。
「なに、言ってんの!?」
「いいリアクションをありがとう」
彼はクスクスと笑う。
「さてと、米屋君の家食材ある?」
「…なんもないけど」
「じゃあ、スーパー行こっか」
彼の少し後ろを歩きながらさっきの言葉本気だったのか?と考える。
この間もそんなこと言ってたし…
肉まんを食べながら首を傾げればそれに気付いたのかこちらを振り返った。
「どうかした?」
「さっきの、本気?」
「米屋君がしたいならね。俺が強制することじゃないよ」
どうしたい?と首を傾げた彼にぐっと口を閉ざす。
「やめとく?」
「…と、思うじゃん?」
怖い気持ちはないわけじゃないが、興味と好奇心が上回った。
俺の言葉に彼は目を丸くしてから笑った。
「いいね、そういうノリ。痛いことはしないからさ」
律はそう言って俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「じゃあ、元気出るもの作ってあげないとだねー」
「よろしく」
▽
家に帰って制服を脱いでいれば制服いいよな、と彼が呟く。
「着たことねぇの?」
「んー、2年くらいかな着てたの」
「中学のときだけ?」
そうそう、と彼は頷いた。
「中学だけだよ。高校にも行ってない」
「え、マジで?」
「うん。まぁけど勉強の面では大学までカバーできてるよ」
最終学歴は中卒なんだよね、と彼は苦笑した。
「しかも、中3なんて学校行ってないも同然だからな」
「何してたの?」
「え、お金稼ぎ?今の俺の仕事、その頃からやってんの」
中学から出来る仕事ってなに?
「…ボーダー?」
「そんな合法的なもんじゃないよ。ボーダーなんか入ってたら今頃ちゃんとどっかに住んでるって」
「…確かに」
ホストとか向いてそうだけど、夜はどっかに泊まってるしそれは違うか。
「まぁ俺の話はここまで」
「ちぇ。本当に秘密主義なわけ?」
「ん、まぁ…そうなるかな」
何も知らなくても親しくはなれるでしょ?と彼は笑った。
「まぁそうだけど。気にはなるよな」
「みんなそう言うよ」
けど内緒、と彼は人差し指を唇にあててこてんと首を傾げた。
多分、計算でやってるんだろうな…これ。
「さぁて、ご飯作ろうかな」
「よっしゃ。手伝う?」
「どっちでもいいよ」
じゃあ、手伝うーと彼の隣に並ぶ。
隣に立つ律の方を見て、そこまで視線の高さは変わらないなと思った。
多分175くらいだろう。
ご飯を作るために捲った袖から覗く腕は細いがしっかり筋肉がついてる。
それから、少し甘い匂いがする。
すん、と鼻を鳴らせば彼は首を傾げた。
「あ、臭い?」
「いや、甘い匂い」
「んー…?昼間シャワー浴びたからかな?」
なんで昼間にシャワー?と尋ねれば彼は意味ありげに笑った。
「昼からお盛んなことで」
「冗談だよ。昼間の仕事で香水が移ったから洗っただけ」
「…そんだけ近くにいたってことだよな?マジでなんの仕事してんの?」
わっかんねーと言えばわかったら何かお願い事聞いてあげるよと言った。
「泊めてもらうとき基本なんでも叶えるんじゃそれ、意味なくね?」
「あ、確かに。欲しいもの買ってあげるとか?」
「子供かっ!?」
これもダメかーと言って、彼は野菜を洗いながら首を傾げた。
「あ、じゃあ何かひとつ。聞いたことに答える、みたいなのどう?」
「何聞きたいの?」
「色々気になるけどやっぱり、年齢?」
律はそれは困るなと頬を引き攣らせていた。
「米屋君は今いくつ?」
「俺?今年は17になった」
「て、ことは今高2?」
それに頷けばいいねーと彼は頬を緩める。
「高校行ってみたかったなー」
「なんで行かなかったの?」
「何でって言われると困るかな。別に理由はなかったよ」
行く理由も行かない理由もなかった、と彼は笑った。
「周りの人、反対しなかったのか?」
「してくれるような人いなかったから」
そう呟いた彼の横顔はどこか寂しそうで。
でも、諦めたようにも怒っているようにも見えた。
「…律、」
「ん?」
こちらを向いた彼はもう普段の笑顔に戻っていた。
彼の過去には触れてはいけない。
そう、思った。
「こんなに野菜、何に使うの?」
「え?付け合わせとサラダだけど…」
「…ファミレスかよ」
野菜食べないとダメだぞー?と彼は笑う。
切った野菜を茹でながらスーパーで買った大きなお肉を取り出す。
「でかいなー」
「セールで安かったけどね」
「夕飯にステーキとか、すげぇ久々」
俺の言葉に彼は出来る限り美味しく作るからと言った。
「他のとこに泊まるときも料理すんの?」
「まぁ、人によるかな。ご飯だけ希望する人といれば、ご飯はいいけら抱けって人もいる。陽太郎みたいに世話を頼まれることもあるし」
「色々あんだな」
「そーだね。大学の代行とかレポートとかも書くし。 テストの勉強教えてとか、バイトのヘルプとかもあるし」
俺も勉強教えてほしいわ、と呟けば彼は別にいいけどと言った。
「え、マジで?」
「うん。泊めてもらうお礼に頼まれたこと全部やるのが俺の中での決まり」
「泊めるのとは釣り合わなくね?」
こんな怪しい奴泊めてくれてるんだから、足りないくらいだよ。
彼の言葉を聞きながら、こんな人だから皆が受け入れるんだろうなと思った。
人を警戒させない柔らかい雰囲気が気付かぬうちに自分の領域に入れてしまう。
ずっと前から隣にいたような、そんな感じだ。
「じゃあ、お願いします。数学の宿題ピンチ」
「ん、了解。なんか、学生っぽくていいね」
やっぱり律という男は不思議な人だと思う。
クスクスと綺麗な彼の横顔を見ながらそう思った。
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