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「最近、苗字さんと仲良くね?」ミチロウの言葉にあぁ、と呟いて。
「別に、普通じゃね?」
「いやいやいや!!苗字さんと喋れる男子なんて行太くらいだろ」
「んー…まぁ、そうかもな」
3Pを決めてぼんやりとゴールを見つめる。
「…どうかしたのか?なんか悩んでる?も、もしかして!!」
ミチロウの方に振り向けば俺の方を指差して。
「苗字さんのこと、すすす好きに!?」
「…好きって…なんだよ」
わけわかんねぇ、と呟いてボールを拾った。
ただ、今日のことが気になっている。
あんなこと、聞きたくなかっただろう。
苗字は部活やりてぇって思ってるはずなのに。
溝に捨てるとか…
アイツだって短い時間でできる限りのことをしてるのに。
あんなの、ひでぇだろ…
「…傷ついてたり、すんのかな…」
アイツが弱みを見せてくれないから。
俺にはアイツを支えてやることもできねぇし…
「行太?」
「いや、なんでもねぇ」
俺は特別だって、言った。
だったら、俺になら話してくれるだろうか?
アイツを助けてやることは?
俺にできるのか?
つーか、なんで俺アイツのことばっかり考えてんだろ。
…考えてみりゃ最近、アイツのことばっかりだ。
「アホくさ…」
もう1度打った3Pはリングに当たり、ガコンと音をたてて外れた。
…アイツにとってバスケよりも大事なものはきっと家族、弟だろう。
けど、少し…、気持ちが強すぎるような気もした。
▽
「あ、五十嵐さん!!」
目を輝かせた彼に急に悪い、と言えば嬉しそうに笑った。
「本当にまた来てくれるなんて思いませんでした。座ってください」
この間と同じように椅子に座って、コンビニで買ってきたゼリーを渡す。
「悪いな、適当に買った」
「すげぇ嬉しいっす」
食べながらでいいから聞きたいことがあると言えば蓋を開けた彼は目を細め、微笑んだ。
「姉ちゃんのことですか?いいですよ」
「…アイツにとって、家族ってなんなんだ?」
ゼリーを口に運んだ彼はんー…と声を出しながら視線を右上に上げた。
「俺の両親ってスゲェ忙しいんすよ。1年に1回会えたらいい方ってくらいに」
俺は何も言わず彼の言葉を耳を傾けた。
「小さい頃から放っておかれて。俺は姉ちゃんが親代わりだったけど姉ちゃんは1人で育ってきた感じで。あ、ちゃんと雇われたベビーシッターはいたんすけどね」
姉ちゃんは幼い頃からひどく大人びていた。
人に頼ることはなくて、泣くことも我儘を言うこともないよくいるよくできた子≠セった。
そう言った彼の横顔はどこか寂しそうだった。
「姉ちゃんは俺に寂しさを感じさせないように散々甘やかしてくれて。ダメなことはダメって言うけど基本的に甘かったです」
「だからお前、シスコンなのか」
「はい、多分。家に帰れば暖かいご飯があって、おかえりって笑ってくれる姉ちゃんが家にいた」
けど、姉ちゃんは違う。
ゼリーを持っていた手を下ろして顔を俯かせた。
「…姉ちゃんはおかえりって言われたことも温かいご飯が家にあったこともきっとない。ベビーシッターも5時くらいに帰ってたらしいんで」
「それが?」
「姉ちゃんは当たり前に知ってるはずの感覚を知らない。珍しく両親が家に帰ってくるってなったときも姉ちゃんが飯つくって両親にゆっくりしてもらおうって必死で」
姉ちゃんの中で、姉ちゃんは一番優先順位が低いんです。
一口、ゼリーを口に運んでスプーンをくわえたまま、こちらに視線を向けた。
「姉ちゃんにとって家族は特別なんです。何だろう、砂の城…みたいな感じですかね」
「砂の城…」
「中に入ることは愚か、触れることもできない、それが姉ちゃんにとっての家族。そんなにものを姉ちゃんは必死に守ろうとしてる。風が吹けば壊れるような…城なのに」
…砂の城。
風が吹けば壊れるような城。
中に入ることも触れることもできない、そんなものが…苗字の最優先事項。
「姉ちゃんは本当の家族を知らない。姉ちゃんはそれをわかってるはずなのに、姉ちゃんは自分の知る家族だけは失いたくないんです」
「なんで…」
「温もり…ですかね。砂の城でも近くにいれば風を防いでくれる。だから、離れられない。姉ちゃんは他に温もりを知らないから」
俺は砂の城の一部だから姉ちゃんを支えてあげることはできない。
だから、五十嵐さんなんです。
彼はベッドの上で頭を下げた。
「お願い、します。姉ちゃんを助けてください。どんなに気丈に振る舞ったって姉ちゃんはまだ高校生なんすよ。まだ、大人じゃない。一人じゃ…全部抱えきれるはずない」
「今まで、ずっと背負い続けてたのか?」
「多分。けど、バスケして少しは気分転換してたはずなんです。けど、今はバスケもなくて、バイトまでして」
いつか絶対に、姉ちゃんは壊れちゃう。
泣きそうな顔でそう、言った。
「俺には、たった一人の家族なんです。両親よりも…姉ちゃんが大事なんです!!だから、だから…失いたくない」
「…おう」
唇を噛んだ彼の頭を撫でて、内心溜め息をついた。
やっぱり支えてやるしか、助けてやるしかねぇよな。
言ってくれねぇなら言わせてやる。
「話してくれて、サンキュ」
「五十嵐さん…」
「正直、何すりゃいいかわかんねぇけど。アイツが壊れねぇようには…してみる」
彼は涙を浮かべて何度も頷いた。
「ありがとう、ございますっ!!」
「…俺も、アイツを…失いたくない」
アイツがいない時間はひどく退屈だった。
もう、そんなの御免だ。
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