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もう平気、と言った彼女から腕を離す。
少し赤くなった目で彼女は微笑んだ。

「ありがとう」

涙で濡れた頬に手を伸ばして、指先で拭う。

「不細工な顔」
「自覚してるっての。ひどいなぁ」

付き物が落ちたように、清々しく見える。
自分のやったことが間違ってなかったなら、それでいい。

「五十嵐があんなこと、言うなんて思ってなかった。ガラじゃないし」
「うっせ」
「アイツ、五十嵐に頼んだ?」

全部、筒抜けかよ。
俺が黙れば苗字は苦笑した。

「あぁ、やっぱり。ごめんね、態々面倒な役を押し付けて」

立ち上がった彼女はグッと体を伸ばして、地面に転がっていたボールを拾う。

そんな姿に溜め息をついて、立ち上がる。
彼女の名前を呼べば何?と振り返って。
そんな彼女の腕を引いて、唇を重ねた。
見開かれた彼女の目に俺は目を細めて。

「な、に…して」
「勘違いすんなよ」
「は?」

わからないって顔をする彼女と視線を合わせて。

「頼まれたから言ったんじゃねぇ。確かに、それもあるけど。俺は本当にお前が特別だから」

畜生、スッゲェ恥ずかしい。
こんなこと、こいつに言うとは思ってなかった。

「お前が、好きだから。お前を助けたいと思った」

目を瞬かせる彼女から視線を逸らして。
急に悪かったと呟く。

コンビニの袋を掴んで、この場から去ろうとした俺の腕を彼女が掴んだ。

「…苗字?」
「私の、モノなんでしょ?絶対に…私は五十嵐を失わないんでしょ?」
「え、あぁ…」

だったら、行かないで。
彼女の言葉に顔に熱が集まる。

「…好き、だよ。私だって。…だから、いなくならないで」

私を、一人にしないで。
彼女の声は震えていた。
俯く彼女の腕を引いて、抱き締める。

「約束、してやる。俺はお前の前から絶対に消えない」
「うん」
「だから、お前は俺のモノだ」

背中に彼女の腕が回されて。
五十嵐も、私のモノと小さく呟いた。

「…恥ずかしい」
「今更なこと言うな」

腕の中の彼女の言葉に俺も赤い顔を隠すように彼女の肩に肩に埋める。

「…けど、嬉しいよ」
「お前、もう黙れ」
「……うん」





「よぉ」
「五十嵐さん?あ、姉ちゃんも!!」

彼女と付き合うことになったその日。
俺は苗字を弟の所に連れていった。

俺が苗字の拠り所になるにしても、どうしてもこの2人にはお互いを理解してほしかった。

「五十嵐が行きたいところってお見舞い?」

少し前まで顔真っ赤にしてたのに、もうこいつはケロッとしてて。
まぁ、俺もだけど。
可愛げねぇな、なんて少し思った。

「お見舞いっつーか…」

首を傾げる2人に俺は溜め息をつく。

「なぁ、俺は…お前が砂の城の一部だなんて思ってねぇよ」
「え?」
「ただ、こいつに届いてねぇだけなんだよ」

苗字はやっぱり首を傾げて、そんな彼女の手を引いて弟のベッドの横に立たせる。

「今目の前にいるのはお前にとって、大事な人だろ?」
「大事だよ。何よりも」
「…だったら、こいつだってお前のこと大事なんだよ」

弟は目を見開いて、視線を逸らした。

「お前が家族を大事にするようにこいつだって家族のお前を大事にしてぇと思ってる。お前を心配して、俺に頭まで下げた」
「え?」
「…あんま、心配かけさせんなよ」

お前が家族を大事にするのは悪いことじゃない。
けど、お前の大事なモノから視線を逸らすなよ。

苗字はこちらを振り返った。

「大事なのはわかる。分かるけど、そいつは人形でも触れたら壊れちまうようなモノでもねぇ。感情があんだよ」

苗字は弟に視線を戻す。
弟は泣きそうな顔で彼女を見上げる。

「…その感情を無視するのは…間違ってんだろ」
「姉ちゃん…」
「要するに…何が言いたいかっつーと。お前を助けたい、支えたいと思ってんのは俺だけじゃねぇんだよ」

弟は苗字の手を握って泣きそうな顔で笑った。

「治ったら…俺が姉ちゃんにおかえりって言うから。温かいご飯なんて作れねぇけど…、姉ちゃんの帰るとこはちゃんとある。偽物でも見かけ倒しでもねぇよ?」
「なに、それ…」
「俺はまだ、餓鬼だし。姉ちゃんに迷惑ばっかかけるし甘やかしてほしいって今でも思ってるし。けど、それでもさ…俺も姉ちゃんが背負うもんの半分くらい背負えるようにはなっただろ?」

家のことも、家族のことも…一人でやんなよ。
俺も、手伝うから。
だから…

彼の頬に涙が伝って、苗字は肩を揺らす。

「だから、無理しないで。姉ちゃんいなくなったら俺、一人じゃん…」
「…ごめん」

苗字は彼の涙を拭って微笑んだ。

「いなく、ならない。一人にしない。絶対に。だって、大事な家族だもん」

あ、やっぱり姉の顔してる。
彼女の横顔を見ながら少し頬を緩めた。

「…早く、治して。そしたら、私も頼るから」
「おう。約束な?」
「ん、約束」

…本当に仲良いよな。こいつら…

「五十嵐さん!!ありがとうございました」
「別に」
「俺が治るまで姉ちゃんのこと、お願いします」

笑って言った彼に首を傾げる。

「治ってからも、だろ」
「え?もしかして…」

苗字は俺と弟を交互に見て首を傾げた。

「五十嵐さん、俺の義兄ちゃんになるんですか!?」
「…話、ぶっ飛びすぎだろ」
「え?ずっと一緒にいるってそういうことじゃないの?」

首を傾げた苗字に俺は溜め息をついて。

「そーだけど!!」
「なら、いいじゃん。私は嬉しいよ」
「俺も、嬉しいっす」

顔を見合わせて笑う2人に俺は髪を乱暴にかき混ぜて。

「いいよ、それで」

視線を逸らしながら言えば素直じゃないねと彼女は笑った。

まぁ…笑ってくれてんなら、それでいいか。
俺は2人の姿に少しだけ笑った。

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