03
「おじゃまします」
「汚いけど文句言うなや」
「一人暮らしにしちゃ綺麗だろ」

部屋のなかを見て、彼は少し笑う。
バスケのものばっかりだなって言った彼の目はひどく優しかった。

「台所借りるぞ」
「おん」

ほとんど触ったことのない台所に彼が立って。
その後ろ姿を見つめる。

「手伝ったほうがいいんか?」
「ゆっくりしてていいよ。俺が勝手にお邪魔してるだけだから」

やっぱり変なやつじゃ。
先公らしくない。
聞こえる音は軽快で、手元を覗き込む。

「どうした?」
「慣れとるんじゃな」
「まぁ。一人暮らししてたしな」

意外だ、と思いながら見ていれば彼はクスクスと笑って。

「そんなに見られるとやりにくい」
「減るもんじゃなか」
「あんま上手くないから見せたくねぇんだけどな」

彼は恥ずかしそうに頬をかく。

「上手いじゃろ。ワシにはできん」
「高校生なんて料理しないもんな。俺もあんましなかった」

椅子を持ってきて、そこに座って。
背凭れに腕をのせて、その上に顎をのせる。
視線は彼の手元に向けて、細かくなっていく野菜を見つめた。

「なんか、変な気分じゃ」
「ん?」
「先公が家におって飯作っとる」

名前はこちらを振り返って困ったように笑った。

「悪いな、窮屈な思いさせて。本当はただ様子見るだけでいいんだけどさ」
「…別に嫌とは言っとらん」
「え?あぁ…うん。サンキュ」

名前は少し恥ずかしそうに笑って、また視線を手元に戻した。

少しして美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。

「腹へった」
「もうできるよ」

フライパンを器用に使って、店に出てもおかしくないくらい綺麗なオムライスが出来て。
皿の上にそれが乗せられる。

「どーぞ」

テーブルの上にそれを置いて、先食べていいぞと彼が言う。
空腹も限界で彼の言葉に甘えて、オムライスを頬張る。

「ど?」
「旨いっ!!」

彼に顔を向けて言えば、名前は嬉しそうに笑った。

「よかった。俺も腹へったしさっさと作ろ」





テーブルを挟んで向かい側に座るトビは美味しそうにオムライスを頬張る。
それを見ながら俺もオムライスを食べて。

「名前は…」
「ん?」

トビは手を止めて、こちらを見た。

「名前はなんで先生になったんじゃ?」
「んー…教員免許だけ持ってたんだけどな。ずっと飲食店で働いてた」

教員が足りないから、という連絡を貰って最初は断っていたけど。
俺の働き先の店長がこの学校に世話になったらしく無理矢理送られた、と言えば笑われて。

「不憫じゃ」
「だろ?」

引っ越す羽目になるとは思わなかった。
けど、まぁ…トビに出会えたわけだし…いっか。
いいバスケの相手がいることが何よりも嬉しい。

「…なんじゃ、そんなに見つめて」
「ん?いや、別に。旨そうに食ってくれるって」
「旨いもんは旨いからの」

人が作ったもんは久しぶりじゃ、と、言った彼の目はどこか寂しそうだった。

「…ま、トビの停学が解けるまでは俺の手料理だな」
「毎日来るんか?」
「毎日様子見に行けって言われたから毎日だよ。嫌だったら飯は作らずに帰ってもいいけど」

トビはむっとした顔をして俺を見る。
俺が首を傾げれば顔を背けて。

「嫌じゃない言うたじゃろ」
「…そうだったな。なんか、食いたい料理あったら言って。作るから」
「ハンバーグ」

それは明日な、と言えば彼は嬉しそうに笑う。

「そうじゃ、アドレス」
「ん?」
「交換しといた方が楽じゃろ?」

夕飯のリクエストもしちゃる、と彼は笑った。

「まぁいいけど」

ポケットから出した携帯。
新しく増えたトビの文字。

「生徒のアドレスとかいれてていいのか?」
「一緒に飯食うのよりはマシじゃ」
「まぁ確かに」

改めてよろしくと言えば彼はよろしくしても構わんなんて素直じゃないことを言った。
それがまた可愛いく見えることは、口にはしなかった。

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