02
苗字と話したのはあの日だけだった。
その次の日には席替えが行われて彼女とは席が離れた。

アイツはある程度友達を作ってるようだったけど昔のように楽しそうに話している様子はない。
部活も入っていないようで、HRが終わると誰よりも先に教室を出ていった。

色々あったけど俺もバスケ部に入って。
ふと思ったことがあった。

「アイツ…バスケ、やめたのか?」

中学の時はアイツもバスケ部に入っていた。
時々一緒に練習をしたこともあった。

俺は結構アイツのプレーが好きだった。
俺には真似できない。
俺だけじゃない、他のやつにも真似できない。
アイツにしか出来ないそのプレースタイルは俺を惹き付けてやまなかった。
それが見れなくなることは少し残念に思えた。

「なぁ…」

足早に教室を出て言った彼女を追いかけて、下駄箱でアイツに声をかければ何も言わずにこちらを振り返った。

「バスケ、もうやらねぇの?」
「…やんない」
「あんなに頑張ってたじゃん」

苗字は迷惑そうに眉を寄せた。

「頑張ってたから、何?」
「何って…勿体ねぇなって。またやったら?女バス、結構いい感じのチームだったぜ?」
「…そんな時間、もうないし」

バスケなんてやってる暇、ない。
彼女はそう言って俯いた。
その姿がどうしようもなく不似合いで。

「それ、どういう意味だよ」
「そのまま。…部活なんか、やってる暇ないから」

彼女はそれだけ言って足早に校舎から出ていく。

「フラれたの?」
「げっ」

振り返れば女バスのキャプテン。
視線を苗字に向けて首を傾げる。

「フラれてねぇし。つーかそういうんじゃねぇ」
「そう。…あの子、どっかで見たことあるなぁ」
「は?」

どこだったかな、なんて首を傾げた彼女。
昔バスケやってた、と言えば彼女は首を横に振る。

「バスケじゃない。もっと他のところなんだけど…」
「はぁ?」
「ま、思い出したら言ってあげる。てか、部活遅れるよ」

やば、と言葉を漏らして体育館に向かった。





「バスケか…」

自分の手のひらを見つめて溜め息をつく。

「そんな暇ないじゃん」

諦めろ、と自分に言い聞かせて手をぎゅっと握りしめた。

学校を出てバスに乗る。
バスに揺られること数十分。
目的のバス停で降りて、いつもの場所へ向かった。

「こんにちは」
「あら、名前ちゃん」
「今日もよろしくお願いします」

私は頭を下げて、店の奥に入っていく。

「名前ちゃーん」
「はい、今行きます!!」

昔のように生活することは出来ないのだ。
例え出来たとしても、今の私が望むべきことではない。

バタンッと閉じたロッカー。
沢山の感情をロッカーに押し込んで、私は背を向けた。

「よし、今日も頑張ろう」

髪を結わいて私は声の主の元へ向かった。

「いらっしゃいませ。今日は何にしますか?」

貼り付けた笑顔の下、私はどんな顔をしていただろうか。
きっと五十嵐が見たら眉を寄せるのだろう。
似合わねぇと毒を吐いて、背を向けるんだろう。
その背中が思い浮かんで私は内心苦笑する。

「はい、お見舞い用の花束ですね」

沢山の花に囲まれてる私は酷く滑稽に見えるだろうか。
同情されるくらいなら、いっそ笑ってくれた方が楽だな。

花束を作りながら私はそんなことを考えていた。

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