06
「お邪魔します」「遅い」
「彼氏の帰りを待つ彼女かお前は」
名前はそう言って俺の髪を乱暴に撫でた。
「腹へったからさっさと唐揚げ作るわ」
「おん。…泊まるんか?」
「お前が泊まれって言ったんだろ」
わざわざ家に帰って着替え持ってきた、と彼は言って台所に立つ。
その後ろ姿を眺めながら、彼の名前を呼ぶ。
「明日で謹慎は終わりじゃ」
「ん?あぁ、そうだな」
「もう、来ないんか?」
名前は手を止めて振り返った。
「寂しいの?」
「アホ。んなわけないじゃろ」
「つれねぇの」
名前は視線を手元に戻す。
「…寂しい、言うたら…来てくれるんか?ここに」
「…いいよ、来ても。どうせ、一緒にストリートでバスケするんだろ?なんも変わんないよ」
「そうじゃな」
そう言えば、と名前は呟いた。
「今更だけどさ、うちの学校バスケ部ないの?」
「あるけど不良の溜まり場じゃ」
「そっか」
じゃあやっぱりストリートにお世話になるな、なんて彼はクスクスと笑いながら言った。
「いいんか?生徒贔屓して」
「贔屓ってほど何かしてる?ただ一緒に飯くってバスケして泊まって…友達みたいなそんな感じじゃない?」
「先公と友達ってのも変な話じゃ」
確かにね、と言って彼はやっぱり笑う。
名前はよく笑う。
先公らしくない、子供みたいな笑顔。
「ホント、変な話じゃ…」
知り合って間もない彼が確実に自分の中に居場所を作り始めている。
それは日に日に大きくなっていって…
「嫌なら、やめるよ?」
「嫌とは言っとらん」
「そっか」
▽
ご飯を食べて、バスケをした。
やっぱり時間は日付が変わるギリギリで。
「疲れたー…」
「いつまで経っても抜けん」
「おっさんもまだまだ現役だね」
帰り道、煙草を吸いながら彼は月を見上げる。
そう言えば、彼に初めて会ったときも月に照らされていた。
月に照らされている彼の横顔はひどく綺麗でどきりと胸が音をたてた。
足を止めた俺に気付いた名前が振り返って。
紫煙と月の光が混ざりあって彼の周りを彩った。
「トビ?」
「…綺麗じゃな」
「え?」
名前は目を瞬かせて首を傾げる。
「なんでもない」
「え、なにそれ。気になるんだけど」
「知らん。早よ帰って風呂入りたい。汗だくじゃ」
無意識のうちにこぼれた言葉。
口にしてひどく恥ずかしく感じた。
「…トビ」
「なんじゃ?」
顔を見られないように彼を追い抜けば後ろから名前を呼ばれた。
振り返ろうとした俺の頭に彼の手が乗せられる。
「顔真っ赤」
「っ!!名前のアホっ!!」
「怒んなよ」
わしゃわしゃとかき混ぜられた髪。
その手はどうしても振り払えなかった。
彼が隣に並ぶ。
鼻孔を擽る煙草の香りと月に照らされ微笑む彼。
鼓動は馬鹿みたいに速くなっていった。
あぁ、俺は本当に…
名前に惚れてたんか。
きっと初めて見たあと日から。
気づかぬうちに膨れ上がった彼への想いが今になって俺の中で確かに存在を主張する。
自分の中に出来た彼の居場所は、彼への感情の塊で。
「トビ?」
顔を覗きこんだ彼から視線を逸らす。
気付いてしまえば直視するのも恥ずかしくて。
こんなん初めてじゃ、と心のなかで小さく呟いた。
「疲れた?早く帰って寝るか」
「…そうじゃな」
出来ることなら彼が泊まった後に気付きたかった。
きっと、心臓がもたないだろう。
名前はもう一度俺の頭を撫でて歩き出す。
その背中を俺は追いかけた。
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