08
「は?夏目が自宅謹慎?」

謹慎が明けた次の日だった。
校長から告げられた言葉に俺は目を丸くする。

「なんで?」
「体育館で喧嘩をしたそうです。処分については明日の職員会議で決まると思います」

昨日、ストリートで会ったときはいつもと変わらなかった。
夕飯を作りにいって、飯食って、またバスケして。
いつも通り過ごしてたはずだ。
髪型はコーンローになってたけど、それでもアイツはアイツだった。

「…わかりました」
「苗字先生は随分と彼を気にかけていますね」
「アイツ、昔の俺によく似てます。だからこそ、俺みたいにはなって欲しくない」

失礼します、と頭を下げて俺は携帯を見つめる。
連絡、取りたいけど…
帰ってちゃんと話した方がいいだろう。

俺はできる限り、仕事を早く終わらせて彼のもとに向かった。

「…なんで、来たんじゃ」

部屋から出てきたトビはそう小さく呟いた。

「飯、作りにきた」
「いらん。…もう、知っちょるんじゃろ?ワシのこと」
「…あぁ、知ってる」

トビは視線を逸らした。

「もうアンタの生徒じゃなくなる。ワシのことなんて放っておいたらええ」

俺は何も言わずに彼の言葉を聞いていた。

「名前は新任なんじゃろ?だから、無理矢理仕事を押し付けられて…ワシのとこ来てたんじゃろ?」

言葉を口に出す度に彼は俯いていって。

「もう、無理に来る必要はなくなる…」

良かったのう、と彼は呟いた。
けど、俯く彼の表情は泣きそうだった。

拒絶しようとする割に、拒絶できてない。
そんな姿さえ可愛いと思うのはもう末期かもしれない。

俺は自分の髪をグシャグシャとかき混ぜて溜め息をついた。

「お前は、ずっとそう思ってたのか?」

トビが視線をこちらに向けた。
泣きそうな彼に俺はもう一度問いかける。

「無理にここに来てると、本気で思ってたのか?」

何も言わないトビに俺はもう一度溜め息をついて、夕飯の材料の袋を彼に押し付けた。

「…名前…」
「じゃあな」
「っ!!…おん」

背中を向けたとき一瞬だけ彼は息を詰めた。

多分今のアイツは俺の話なんて聞きやしない。
アイツも自分のことなんて話さない。
過去の俺と同じで、今は自分の周りにバリケードを作ってる。

けどこのまま、アイツがやめるのを見ているのは嫌だった。

お前をこのまま失うのは御免だ。
俺と同じように退学なんてさせない。

「世話がやけるな、本当に」

道は残してやる。
お前が進みたいと思うなら…、俺はお前を助けよう。

「そのまま、消えるなよ。トビ」





あんなことを言いたかったわけじゃない。
名前が変わらずここにきたことは嬉しかった。

「…すまん」

彼が俺に押し付けたスーパーの袋を開けて、ワシは苦笑する。

「材料渡されても、作れるわけないじゃろ」

名前はきっともうここには来ないだろう。
来ては、くれないだろう。

どうするんじゃ、この食材。
冷蔵庫にも色々残ってる。

「勿体ないじゃろ…アホ」

本当に短い時間だった。
1週間も経っていない。
けど、間違いなく彼に恋をして。
彼を自分から失った。

「…好きじゃ、名前…。好きじゃった…」

明日には退学になる。
彼とは本当にもう会えないかもしれない。

1度でも名前の授業受けたかったのう…

ベッドに倒れこめば名前の匂いが少しだけ残っていて泣きそうになる。

ここに彼がいた。
確かにいたはずなのに…もう、いない。

「名前」

好きじゃ

呟いた言葉は誰にも届かずに消えていった。

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