09
彼の退学が決定した。
俺は自分の机に頬杖をついて溜め息をついた。

「心配ですか?」

職員会議が終わり、教師がはけた職員室で校長がそう俺に問いかけた。

「それは、まぁ…心配ですね」
「まさか、あんなお願いをされるとは思いませんでしたよ」
「今回だけです」

今頃生徒指導部の五月先生がトビの元に行っているだろう。

「アイツはこのまま消えるべきじゃない。折角バスケ部がちゃんと出来たんですから…」
「そうですね」
「退学なんて、すべきじゃない」

経験者は語る、ですか?と言った校長に俺は苦笑した。

「経験者だから語る、です」

退学なんてしたら、本当にダメだ。
中卒なんて仕事はないし。
俺は必死に高卒認定受けて、大学に行ったけど。

「高卒認定なんて二度と受けたくないですよ」
「そうですか」
「…あとは、アイツ次第です」

校長はそうですね、と呟いて職員室から出ていった。

「…道は残したからな」





退学の報せをもらった。
バスケ部の小さいガキとリーゼントにも色々言われたけど退学は退学だ。

どうすることもできはしない。
本当に、もう終わりだ。

「すまんの、名前」

彼は今日は会いに来ないだろう。
あんなことを言ったのだ。
来るはずがない。

ストリートでドリブルをしながら溜め息をついた。

アイツらの言葉が消えない。
妹との約束を守れないことも、心残りだ。
けど、なによりも…名前のことが心残りだった。

好きだと言ったら、どうなっていた?
学校に通い続けていれば、変わらずワシの家に来ていたか?
まだ1週間だ。
もっと、一緒に過ごしていたかった。

「結局…もう、叶わんけど」

シュートをした瞬間に携帯が震えた。
また、妹からかと思って携帯を出せば1通のメール。
差出人は名前だった。

「名前…」

メールを開けばただ一言書かれていた。

「なんじゃ、それ」

意味わからん。

どこで?
何を?
なんで?

頭のなかで疑問が浮かんでは消える。

『待ってるよ』

たった5文字のメール。
真意なんてわかりはしなくて。
でも、すごく泣きそうになった。





携帯を片手に目を擦るトビを少し遠くから見ながら俺は溜め息をついた。

「俺も早くバスケしたいんだけどなぁ…」

早く帰っておいで。
また、バスケをして一緒に飯食って…
お前の家に泊まって。
たまには俺の家にも招待したほうがいいのか?
ずっと邪魔してるのも悪いしな。

あぁ、それと…俺の授業も受けろよ。
バスケ部にも入れよ。
不良の溜まり場だったのに、少し変わってきたんだって。
インハイとか、憧れてたんだよな俺。
お前が代わりに行ってくれたらスゲェ嬉しいんだけど。
顧問は五月先生だっけ。
新任じゃなければ俺も顧問やってみたかったな。

「…なぁ、トビ」

今、泣いてるお前を無性に抱き締めたい。
その涙を拭ってやりたい。
泣かせてるの俺かもしれないけど。

「待ってるよ。待ってるから…早く帰って来い」

吐き出した紫煙はふわふわと風にかき混ぜられて消える。

「さてと、今日は帰るか」

煙草を携帯灰皿に押し付けて、俺は帰路についた。





「涙脆くなったの…」

目を擦って、ストリートから出たときふわりと鼻孔をくすぐった香り。
覚えてる。
忘れるはずがない。

「名前…」

名前の煙草の香りだ。

いつから、ここにいた?
もしかしてさっき泣いてたのは見られたのか?

「…アホ」

もう、来ないと思っていた。
あんなことを言ったのだ。
来るはずがないのに。

名前は確かにここにいた。

「これ以上惚れさせるんじゃなか…」

止まったはずの涙がまた、溢れてきた。

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