13
「じゃあ、教科書の24ページから」黒板の前に立つのは名前。
彼と両想いになった次の日、彼の授業があった。
正直、彼を見てると昨日のことを思い出してしまって恥ずかしくなる。
首と腰のキスマークに気付いたのは今朝で。
慌てて彼に詰め寄れば虫除けな、と笑いながら言ってキスをした。
それを指先でなぞれば偶然こちらを見た名前と視線が交わった。
細められた目にビクッと肩が揺れる。
あかん…また、思い出してる…
彼のキスの感覚が甦って、心臓の鼓動が速くなる。
名前は学校では眼鏡をかけていて。
それを知ったのも今日だった。
昨日、駆けつけてきたときにはかけてなかった。
「これが指してるのがこれな。だから、ここの彼の感情は…」
耳元で囁く声とは少し違う。
低くて、気だるげな声。
やっぱりカッコいい、と思いながらぼんやりと彼を見ていた。
授業が終わって名前が夏目くん、とワシを呼んだ。
呼ばれなれない感じに少し違和感を覚えながら廊下に出れば額を指で弾かれた。
「痛い」
「俺のこと見すぎ」
名前はニヤッと笑った。
「う、うっさいわ。アホ!!昨日、あんなことするから」
「いい具合に見えてるね」
何がって言おうとすれば彼は耳元に口を寄せる。
「キスマーク」
クスクスと名前は笑ってワシの頭をポンポンと撫でた。
「顔真っ赤」
「誰のせいじゃ、誰の」
「俺のせい、かな?あ、そうだ」
何か言おうとした名前を女が呼ぶ。
「…誰じゃ?」
「生徒。なんかよく声かけられるんだよね。女の子たちに」
名前はカッコいいからのぉ…。
モテるのかもしれないが、モヤモヤと自分のなかに何かが燻る。
「名前」
「心配すんなよ。俺はお前一筋だから」
またな、と彼は微笑んで女子の方に歩いていった。
キャーキャーと黄色い声をあげる女子たちに名前は愛想を振り撒いて。
それを眉を寄せながら見つめた。
「浮気は許さん」
ポツリとそう呟けば聞こえている筈もないのに彼が振り返って微笑んだ。
「…ズルいんじゃ、アホ」
▽
「聞いてください!!」
部活を終えて着替えていたとき車谷が声をあげた。
「なんだよ、突然」
「部活の前、苗字先生が告白されてたんですよ!!生徒に」
「苗字って…トビを助けた先公だよな?」
そうじゃ、と頷きながら眉を寄せる。
告白ってなんじゃ。
聞いとらん。
「まぁモテそうな顔はしてるよな」
「それはそうなんですけどね。先生、断るときに言ってたんですよ。可愛い恋人がいるからごめんなって」
車谷の言葉にビクッと肩が震えた。
「え、苗字先生彼女いるんだ」
「あれだけカッコよけりゃいるだろ、普通」
「トビ仲良いし、知ってるか?」
突然話をふられて、目を逸らす。
「し、知らん」
さらっとなんてこと言ってんじゃ、名前!!
嬉しさ半分恥ずかしさ半分で携帯を出して彼に文句のメールを送ろうとして、1通のメールが届いているのに気付く。
差出人は彼で。
校門で待ってると書かれたメールにバンッとロッカーを閉めた。
「先帰るわ」
「お、おう」
「またねトビ君」
足早に校門に向かえば、壁に背中を預けた煙草を吸う彼がいた。
「名前!!」
「お疲れさん、トビ」
微笑んだ彼が折角だから一緒に帰ろうと思ってと言った。
「ええんか?生徒と」
「いいんじゃない?恋人とだから」
するりとワシの右手を絡めとって、ぎゅっと握りしめられる。
「…バレても、知らんからの」
「いいよ、別に」
繋がれた手から伝わる熱に頬を緩める。
「今日、告白されたんか」
「されたよ。けど、ちゃんと断ったよ」
「…可愛い恋人って…」
ワシの言いたいことがわかったのか彼はクスクスと笑う。
「トビ以外に誰がいる?」
「…おったら許さん」
「お前だけだよ」
煙草を口から話した名前に手を引かれ、バランスを崩したワシに煙草の香りがする触れるだけのキスをした。
月明かりに照らされる紫煙が彼を包んで、その中で微笑む彼は酷く妖艶で、目を逸らせなくなる。
「俺が好きなのはお前だけ」
「ワシも、好きじゃ」
「知ってるよ」
名前は煙草の煙を空に吐き出して笑った。
「さっさと帰ってゆっくりしようか」
「そうじゃな」
歩き出した彼の隣に並ぶ。
「満月じゃな」
「ん?本当だ」
名前は空を見上げてクスリと笑った。
「なんじゃ、突然笑って」
「なんでもないよ」
空に紫煙を吐き出して、名前は綺麗に微笑んだ。
そんな彼の横顔にもう一度好きと言えば彼は目を細めて、こちらを見た。
「月が綺麗ですね」
彼はそれだけ言って満足そうに笑った。
「なんじゃ、今の」
「なんでもないよ」
彼の言葉の真意を知ったのはそれから少し経ってからの現代文の授業中だった。
その言葉の意味に授業中にも関わらず赤面したのは言うまでもない。
―「余談になるけど、夏目漱石はI love youを月が綺麗ですねって訳したんだよ」
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