03
高校初の行事は球技大会。俺はバスケを選択した。
アイツも、バスケを選択していた。
俺のチームは早々に負けた。
あ、別に俺が弱いわけじゃねぇ。
ジャージのポケットに手を突っ込んで、俺は女子のコートに向かう。
コートの外にはアイツがいて、次の試合に出るようだった。
髪を結わいたアイツはぼんやりとコートを見つめていた。
前の試合が終わって、アイツがコートの中に入っていく。
相手には女バスの副キャプ。
「行太?」
「げっ」
「げってなんじゃ。女バスか…興味あるんか?」
あ、円さん!!と騒ぐ空先輩と俺をじっと見つめる夏目先輩。
「…別に」
「円さーん、頑張って下さい!!」
叫んだ先輩に副キャプとアイツがこちらを見た。
彼女の目は見開かれて、でもすぐに何事もなかったかのように視線を逸らす。
その横顔は昔よく見た彼女だった。
3年のボールを軽々と奪った宇和島はドリブルをしながら足を止めた。
パスするのか、とも思ったけどアイツの視線はゴールに向けられた。
止めに来た2人の先輩を軽々とかわし、3Pラインギリギリでボールを打つ。
相変わらず綺麗なフォームとブレのないボール。
弧を描いたボールは吸い込まれるようにリングをくぐった。
「3P!?」
「なんじゃ、綺麗なフォームじゃな」
「…宇和島」
チームメイトにどんどんボール回して、と彼女は声をかけた。
宇和島にはダブルチームで対応してたけどアイツにはそんなこと関係ない。
2人の隙間を軽々と抜け、点を稼いでいく。
レイアップをしようとした宇和島をあの副キャプがゴール下で止めようとしたけど構えたボールを背面に回して、ボールを投げて。
ボールは吸い込まれるようにリングをくぐった。
勝ったのは彼女のチーム。
一方的、とまでは言えないけどアイツが止められることはなかった。
歓声の中、アイツは喜ぶチームメイトに微笑んで体育館から出ていった。
「負けちゃった」
副キャプが空先輩にそう言って苦笑する。
「相手の子、上手かったですね」
「ね。1年生なのにすごいなぁ…。バスケ部入らないのかな」
先輩たちは試合があるからといなくなったけど。
俺は次のアイツの試合も見ようと、そこにいた。
アイツのプレーはやっぱりすごい。
あのフォームも、弾道も簡単に身に付くものじゃない。
どんな場所からでも、どんな体勢からでも彼女はゴールを狙える。
「変わんねぇな…」
▽
次の試合。
対戦相手は女バスのキャプテン。
彼女はそんなこと知りもしないだろうけど。
コートの中の彼女は先程と変わらない。
試合が始まって、ボールは彼女に集まる。
キャプテンが彼女についてたけど、やっぱりと軽々と抜いていく。
レイアップを決めて、彼女は汗を拭う。
「スゴいね、あの子。ずっと見てるけど知り合い?」
「なんでいんだよ」
「ただ通っただけだよ」
マネージャーはにこりと笑ってコートを見つめる。
「綺麗なプレーだね」
「アイツは昔からあんなだよ」
「そうなの?」
中学のときから、出会ったときからアイツのプレーは綺麗だった。
「…なんで、バスケやめんだよ…」
ホイッスルが鳴って、彼女のチームは接戦で勝った。
彼女は嬉しそうな表情をしてはいなかった。
けど、どこかスッキリしたようなそんな表情だった。
彼女ことをじっと見つめていればゴムを乱暴に外して彼女は体育館から出ていった。
「…苗字っ!!」
「え、ちょ!?」
追いかけてどうするとか、何を話すとか考えてない。
けど、アイツと話がしたかった。
使っていなかったタオルを掴んで彼女がいるであろう水道へ向かった。
水道で頭から水を被る彼女がいて、スピードを緩めて近付く。
「変わんねぇな」
俺の声が聞こえたのか彼女は水道の水を止めて、顔を上げた。
タオルを投げればそれを受け取って、なんの迷いもなく濡れた髪の水を拭く。
「風邪引くぞ」
「…ひかない。もう慣れてるし」
肩にタオルをかけて、彼女はこちらを見た。
「…なんか、用?」
「試合中のお前は楽しそうだった。お前」
「…そう」
彼女は1プレー1プレーで沢山の選択肢を頭の中に浮かべ、その中で最適なものを選択している。
頭を使ったプレー。
だから、試合のあとは頭を冷やすとか言って水道の水を頭から被ることがあった。
あの3Pもレイアップも背面シュートも全て彼女の計算の上に成り立ってる。
だから、どんな場所からでもどんな体勢からでもゴールを狙える。
「…お前のプレー、俺は結構気に入ってた」
彼女は何も言わなかった。
「俺は体に染み付いたプレーしか出来ねぇけど、苗字は色々なプレーができて。それが全部綺麗で、目を奪われる」
「だったら、なんだっていうの?」
「やめるなんて勿体ねぇだろ。そこまで創り上げて、やめていいのかよ」
彼女の目は俺を映していた。
けど、もっと遠くを見ているような錯覚を覚える。
「それ以外に選択肢がない」
「なんで!?女バスはあるじゃん」
「時間がない」
ただ、それだけ。
彼女はそう言って歩き出す。
「タオル、今度返すから」
俺の横を通りすぎるときに彼女はそう呟いた。
振り返れば濡れた髪がゆらゆらと揺れていた。
「バスケ嫌いになったのかよ!!?」
時間がないってなんだよ。
中学の時よりは終わる時間は遅いけど、部活の時間は変わってない。
彼女は足を止めた。
「なるわけ、ないじゃん」
彼女はこちらを振り返った。
昔と変わらない意思のある真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。
「好きだよ、バスケ」
彼女はそれだけ言って歩いて行ってしまった。
このあとも試合なんだろう。
俺はそこにしゃがみこんで溜め息をつく。
「だったら、戻ってこいよ…」
戻る