04
結局アイツのチームは優勝して、クラスは随分と盛り上がった。
球技大会の次の日、アイツは昨日のことが嘘のようにいつも通りに戻っていた。

「…五十嵐」
「あ?」

ボーッとしていた俺の前には苗字が立っていた。

「タオル、ありがと」

机の上には紙袋が置かれる。

「おう」
「…それだけ」

彼女は背中を向けて、自分の席に戻っていく。
紙袋を開けて、中を見れば綺麗に畳まれたタオル。
いつもより甘い香りがした。

「ん?」

タオルの上にもうひとつ小さな袋があって、それを開ける。

「あ…」

中にはいくつかヘアゴムが入っていた。

アイツがバスケ部だったときはよく借りていて。
覚えていたのかって思いながらそのゴムを手に取る。

たかがタオル貸しただけなのに律儀だよな…アイツ。
ゴムを袋にしまって視線を彼女に向ける。

友人と話しているアイツの表情はどこか暗かった。

好きだよ、バスケ

彼女の言葉が頭の中で流れる。

だったら、戻ってこいよ。
俺はまたお前とバスケがしたい。
昔みたい放課後練習して、話して…

「…あの頃に戻りてぇのは、俺だけかよ」

好きだった。
あの時間があの空間が。
アイツと過ごす時間は、酷く心地よかったのだ。

「五十嵐」

廊下で手招きをする女バスのキャプテン。
めんどくせぇと、重い体を動かして彼女の元へ行く。

「なんすか?」
「思い出したよ」
「は?」

あの子、どこで見たのか。
彼女はそう言って苗字に視線を向けた。

「今年の初め。2月くらいかな」

彼女は俺に視線を向けて、言葉を続ける。

「少し離れた大通りで事故があったの」
「事故…?」
「そ。あの子と一緒にいた弟かな。少し年下の男の子」

歩道を歩いていたところに車が突っ込んだんだよと彼女は言った。

「2人の近くには小学生が何人かいて。彼女も弟もそれを庇ったの。あの子は酷い怪我はなかったけど弟は酷かったよ。意識のない弟を抱き締めて泣いてた。助けた小学生はみんな無事だったみたいだけど」

確か苗字には弟がいた。
今中2くらいか?
確か弟もバスケやっていて、俺も何度か会ったことがある。

「それが…苗字?」
「確証はないけど、たぶん。あの女の子によく似てる」
「弟の様態は?」

そこまでは知らないよ、と彼女は言った。

「あ、けどね。運ばれたのは近くにある大きな病院だって。バスで少しいったところの」
「…あそこか」
「ねぇ、アンタさ」

なんだよ、と顔を上げて彼女を見る。

「好きなんでしょ?あの子のこと」
「別に」
「昨日応援してたじゃん」

応援はしてねぇよ!!と言えば彼女は楽しげに笑う。
くそっ、ムカつく…

「好きな子にくらい優しくしないと嫌われるよ?」
「余計なお世話だっつーの!!馬鹿!!」
「口の聞き方気をつけろ」

別に好きなわけじゃねぇ。
アイツといるのは好きだけど恋愛とかじゃねぇし。
キャプテンはにやにやと笑いながら帰っていく。

振り返って見えた彼女に眉を寄せる。

「何隠してんだよ、お前…」

隠してるものがわかればもしかしたら…。
まぁまずは…

「病院、だな」





彼にタオルを返した。
一応お礼もかねてヘアゴムと一緒に。

昔はよく貸していたなって思い出して買っただけ。

掌を見つめて開閉を繰り返す。
昨日の感覚が消えない。
ボールの感触がまだ手に残っていた。

「やりたいなぁ…バスケ…」

彼に言った通り、私はバスケが好きだ。
小学生の頃からずっとバスケをしていたから、自分がやめるとは思ってもいなかった。

五十嵐は昔から私のプレーを褒めてばっかりだったけど、私は彼のプレーの方が好きだった。
見てて楽しそうだなっていつも思っていた。
たまに一緒に練習した時はアイツに見とれることも少なくはなくて。

別に親しかったわけではないけど。
彼は私にとって特別な人だったことには変わりはない。

「ごめんね」

今言えることはこれだけだった。
ごめん、またいつか…一緒にバスケしたいな…

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