05
部活を終えてからいつもする居残り練習をしないでバスに乗り込む。
向かった先は例の病院。

「来たはいいけどどうすっかなぁ…」

受付で話だけ聞けるか、なんて思いながら中に入ろうとしたときアイツを見つけた。
花束を手にもった制服姿の苗字。
髪はポニーテールにされてゆらゆらと毛先が揺れる。

看護師と話をして、階段を上っていく。

「あの、」
「はい、どうしましたか?」

苗字が話しかけた看護師を呼び止めて、彼女歩いていった先に視線を向ける。

「さっきの。えっと、苗字名前…いつもここにきてるんすか?」
「苗字さん?えぇ、毎日」
「弟のお見舞い…ですか?」

看護師はそうよ、と微笑む。

「弟くん、入院してリハビリしててね。苗字さんは毎日お見舞いに来てるのよ。もし何かあったらすぐに駆け付けられるようにってここの近くのお花屋さんでバイトしてるみたい」

いい子よね、看護師は言って。

「入院してから苗字さんが来なかったことないのよ」
「え?」
「毎日欠かさず来てるの。優しいお姉さんよね」

それだけ言って看護師は仕事に戻っていって、俺は病院の外に出る。

毎日欠かさず来てる?
ここに?
学校からは遠くはないけど近いとは言えないし。
何かあったらすぐに駆け付けられるようにって花屋でバイト?

バス停までの道、花屋があった。
多分、彼女はそこで働いてる。

弟のために放課後の時間を全部つぎ込んでるってことだよな?
だから、バスケをする時間がないんだ。

バスケが好きでも、弟のためならやめれるってことかよ。

「昔から仲良かったもんなぁ…アイツと弟…」

初めて会ったのはアイツと放課後練習していたとき弟が迎えに来た時だ。
あのときはまだ小学生だったよな確か…

苗字も弟の前ではすごく優しい顔をしていた。
昔はいつもそんな感じだったけど、弟の前だと姉の顔で。

素直で姉とバスケ一筋の弟。

「…それなら、仕方ねぇのかな…」





「調子はどう?」
「姉ちゃん!!」

ベッドの上でキラキラと笑う彼に私も微笑む。

「やっと支えなしで歩けるようになったんだよ」
「ホント?」
「おうっ!!昔みたいにはまだ無理だけどすぐに昔みたいに戻れるって」

高校入るまでにはバスケ出来るようになると口癖のように彼は言う。

「バスケ出来るようになったら姉ちゃん、また相手してよ」
「その頃には出来なくなってるかも」
「えーっ!!それはダメだからな!?」

バスケやめたら嫌いになるなんて顔を歪めながら言うから私は苦笑する。

「けど毎日お見舞い来たいから」
「毎日来てくれるのは嬉しいけどバスケやめちゃうのは嫌だ」
「わがままだなぁ」

花瓶に花を入れながら、感触の消えない手を見つめる。

「…姉ちゃん?」
「ん?なに?」
「…バスケ、やりなよ」

ここには来なくてもいいから、と言った彼はどこか泣きそうだった。

「バーカ。泣きそうなくせになに強がってんの?」
「うっせ!!」
「もう中2なのに…ホント、変わらないね」

甘やかしすぎたかな、なんて思いながら私は彼の頭を撫でた。

「毎日来るよ。母さんも父さんも…忙しいしね」
「…けど、バスケは?」
「できる限りやってみるから。出来なくなってても怒らないでよ?」

仕方ねぇなと笑いながら言った弟の額を指で弾いて笑う。

「じゃあそろそろ帰るね」
「おう。また明日」
「うん、またね」

弟の病室を出て掌を見つめる。

「できる限り、か…」

弟の願いだからなんて理由をつけて。
結局私がやりたいだけなんだけどね、きっと。

「忙しいなー…ホント」

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