06
昼休み。苗字は大きな袋を持ってふらりと教室から出ていった。
昨日、彼女の弟のことを知った。
知ったからってどうすることもできねぇけど、やっぱり俺はアイツにバスケをして欲しかった。
昼食の入ったコンビニの袋を片手に彼女を追いかける。
ちゃんと話をしよう。
彼女の弟のことを知ったことも話して、それで…
バスケをしてほしいと伝えよう。
そう思ってアイツのあとを追いかけてたけど苗字は靴を履き替えて外に出ていく。
俺もそれに倣って靴を履き替えて外に出る。
「どこ行くんだ、アイツ…」
彼女が足を止めたのは校舎裏だった。
髪をポニーテールに結わいて、カロリーメイトを食べながら袋から出したのはバスケットボール。
「え…」
よく見ればそこには古びたゴールが備え付けられていて。
苗字はドリブルしたボールをゴールに向けて放つ。
綺麗なフォームから打たれたボールは弧を描きリングをくぐる。
制服姿のまま、アイツは練習を始めて。
俺はただそれを呆然と見つめていた。
いや、目を奪われて動けなかったんだ。
「やっぱ…すげぇ…」
短めのスカートとポニーテールの髪は動く度にゆらゆらと揺れる。
何本目かわからぬシュートを決めた苗字がこちらに視線を向けた。
「いつまで見てんの」
「気付いてたのかよ」
「まぁね」
苗字は俺をじっと見つめてから何かを指差す。
「昼ご飯、さっさと食べないと食いっぱぐれるよ」
「あ、やべ。忘れてた」
校舎の壁に背中を預けて座れば苗字は気にした様子もなくシュートを決める。
「…やるなら俺も誘えよ」
「は?」
パンをかじりながら言えば彼女は驚いた顔をしてこちらを見た。
「昼休み、俺も暇だし。一人でやるよりはいいだろ」
「…確かにそうだけど。アンタDF苦手じゃなかった?」
「げっ、なんで覚えてんだよ」
苗字はクスクスと笑って、指先でボールを回した。
「部活は、やっぱりできねぇんだな」
「うん。時間ないし。だから昼休みだけ」
「…弟、怪我やべぇの?」
くるくると回っていたボールが地面に落ちて、は?と声をもらした苗字。
「なんで…弟のこと」
「先輩に事故現場、見た人いて」
呆れたように溜め息をついて、彼女は地面に落ちたボールを拾った。
「やっと支えなしで歩けるようになったって」
「そっか」
「中学の間は部活とかは無理だろうけど高校ではまた入るってさ。今、リハビリ頑張ってる」
苗字は優しい顔をして、微笑んだ。
俺が何度か見た、姉の顔だ。
「退院するまでは毎日行くのか?」
「そのつもり。て、なんでそこまで知ってんの?」
「いや、うん。まぁ…」
視線を逸らせば、顔の横すれすれに飛んできたボール。
「危ねっ!?」
「ストーカーか、お前は」
コロコロと転がったボールを拾いなおして、彼女は溜め息をついた。
「退院するまでは毎日行く。これは変える気はないよ」
「そっか…」
「けど、バスケも諦めたくはないから」
真っ直ぐな目が俺を射抜いて。
目を逸らせなくなって、パンを食べていた手が止まる。
「弟が治ったら、練習の相手する約束したの」
「え?」
「だから、やめない。…私にはバスケがない生活なんてやっぱり似合わないから」
ボールは吸い込まれるようにリングをくぐる。
「アンタの言う通り。ここまで来て、やめたくないし」
「だったら最初からそう言えよ」
「弟との約束がなければ本当にやめる気だったから」
弟中心かよって言えば苗字は困ったように笑った。
「大事な家族だから」
「…ブラコン」
「うるさい」
バスケやってるときの方がこいつはよく笑う。
あの静かな感じはやっぱり似合わない。
「そういや、お前がこの学校来た理由って…」
「病院近いから」
「弟のために進学先変えるか、普通…」
苗字は首を傾げる。
「勘違いしてるみたいだけど」
「なんだよ」
「元々あの進学校に行く気はなかったよ。ただ先生が受けてくれって言うから受けただけ」
レベルは低いけどバスケ強いところに行くつもりだった、と彼女は行った。
「まぁ、後悔はしてないよ。ボールがあればバスケ出来るから」
「…あっそ」
パンを食べ終えて、立ち上がる。
「相手しろよ」
「アンタDF?」
「嫌だ」
苗字はクスクスと笑ってこちらにボールを投げた。
「いつか痛い目見るよ。苦手から逃げると」
「うっせ」
あぁ、やっぱり。
これが、この空気が俺は好きだ。
俺とお前とバスケ。
1つでも欠けて欲しくない、そう思った。
「よかったよ、お前がまたバスケに戻ってきて」
「…ご迷惑おかけしましたー」
「ホントにな」
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