07
彼女は少しだけ昔の雰囲気に戻った。昔みたいにみんなをまとめるとか中心にいるとかそういうのはないけど、よく笑うようになった。
「最近、可愛くね?」
「何が?」
ミチロウが突然そんなことを言い出して、首を傾げる。
「苗字さん。前は綺麗で近寄りにくい感じだったけど最近は雰囲気変わって。可愛くなったと思わね?」
「可愛く…」
俺は視線を彼女に向ける。
昔から目を引く容姿だったのは確かだ。
入学当初の近寄りにくい感じもわかるけど。
可愛くなった?
…昔に戻っただけじゃね?
「最近みんな言ってるぜ。苗字さんのこと」
「へぇ…」
昔はよく見た光景だった。
部活前とかよく告白されてたし。
そういや、アイツ…なんで彼氏作らねぇんだろ。
何だかんだ言って、中学から彼氏作ってないな。
「そろそろ誰か告白するんじゃね?」
「告白ねぇ…」
アイツ、好きなやつとかいんのかな。
「全然興味ないって顔してる」
「まぁ興味ないわけじゃねぇけど」
もし彼氏とかできても弟に反対されそうだな、アイツ。
ぼんやりとそんなことを思いながらアイツを見ていれば彼女がこちらを振り返る。
交わった視線に彼女は目を瞬かせてからひらりと手を振った。
振り返すのもなんだか癪で、わざと視線を逸らせばアイツは舌を出してからすぐに笑った。
「…行太?」
「え?あぁ、なんだっけ?」
「苗字さん、好きな人いるのかな」
いてもお前じゃねぇよって言って、俺は笑った。
▽
「苗字さん、少し話いいですか?」
昼休み。
日課になりつつあるバスケのために席を立つ。
アイツと一緒に行くことはなくて、校舎裏で落ち合うのが常だった。
アイツが出ていって少しして、教室を出て外に行こうとすればアイツと知らない男子が下駄箱にいた。
「…少しならいいけど」
「あの、俺。苗字さんのことが好きです!!もしよければ付き合ってください」
うわぁ、マジか…
さっき話してたばっかりだったってのに。
本当に告白されてる。
チクリと胸になにかが刺さる感じがして、俺は首を傾げる。
何で俺がモヤモヤしてんだろ。
「ごめんなさい。私、今はそういうのいらないから」
「そう、ですか…」
「私なんかを好きになってくれてありがとね」
苗字はそう言って、校舎から出ていく。
男も肩を落として教室に戻っていった。
なんつーか、断り方が慣れてる。
靴を履き替えて、アイツの後を追いかければどこか気だるげに髪を結わいているアイツが振り返る。
「見てた?」
「ばっちり。別に見たかったわけじゃねぇから」
「見たかったとか言ったらマジで引く」
苗字はそう言って、笑った。
「慣れてんな、断るの」
「まぁ…断ったことしかないしね」
いつもの校舎裏。
カロリーメイトをくわえながら苗字は練習を始める。
「彼氏作らねぇの?」
「ん?んー…別に」
「好きなやつとか、いんの?」
昼飯を食べながらバスケをする彼女にそう尋ねればこちらを振り返り、首を傾げた。
「何でそんなこと聞くの?」
「気になっただけ」
「あんまり興味ないかな。まともに話す男子なんて五十嵐くらいだし」
そう言えば俺以外と話してるとこみねぇかも。
「まぁ弟のこともあるし。バスケもやりたいし…それこそ時間がないって言うか…」
「お前の弟。彼氏とか絶対認めないよな」
「バスケ上手ければいいって言ってたよ」
意味わかんないよねって彼女は笑った。
俺はごみを袋に入れて立ち上がる。
「上手い基準ってなんだよ」
「私より上手ければいいんじゃない?」
「うわ、キツくね」
苗字はボールをこちらに投げる。
「それさ、俺ってどうなの?」
何でこんなこと聞いたかはわからないけど。
気になってしまって口に出せば苗字は目を瞬かせる。
「なんか変じゃない?大丈夫?」
「うっせ」
ドリブルで抜こうとすれば易々と止められて、眉を寄せる。
「お前のDF嫌い」
「アンタ単純だからやり易いよ」
「うっざ」
打とうとした3Pも止められて、俺は舌打ちをこぼす。
「で、どっちだよ」
「あ、それ本当に聞くの?」
「悪ぃかよ」
別に、と苗字は笑った。
「アイツは五十嵐のこと随分と気に入ってたよ」
「え?」
「弟的にはOKってこと」
これで満足?と苗字は言って、こちらにボールを投げた。
「何で気に入られてんだよ、俺」
「さぁ?」
ボールをドリブルしながら少し速くなる鼓動を静める。
別にこいつがいいって言ったわけじゃねぇし、まず俺はこいつが好きなわけじゃねぇ。
なのに何で喜んだんだよ、俺。
わけわかんねぇ…
視線を上げて彼女を見れば、不思議そうに首を傾げていた。
「五十嵐?どうかした?」
「なんでもねぇ」
俺はこいつのこと好きなわけじゃねぇ。
自分に言い聞かせるように心のなかで呟いた。
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