01
忘れられない人がいる。
忘れられない過去がある。
それでも、時間は前にしか進まない。
前にしか進めない。

「こんな時期で転入というのは大変だな」
「そうですね…まぁどこにいてもやることは変わりませんから」
「受験だからな」
「はい」

案内されたのは3年の教室。
そこをぼんやりと眺めながら廊下に立ち尽くす。

「呼んだら入って来いよ」
「…はい」

名前を呼ばれてドアを開ける。
ざわつく教室に視線を窓の外に向ける。

「こんな時期だが新しくこのクラスに入ったみょうじなまえだ」
「…東京から来ました、みょうじです」
「それだけでいいか?」

先生の問いかけにはい、と答えて教室を見渡す。

「私の席は?」
「窓際の一番後ろだ」
「はい」

言われた通り席に座って空いた隣の席を見る。

「隣の席は荒北君って言うんだよ」
「…荒北…君?」
「うん。今日は遅刻かな」

嫌な、名前だな…
窓の外に視線を向けて溜息をつく。

ガラッとドアが開いて誰かの足音が聞こえてくる。

「俺の隣って誰かいたカァ?」

そんな声が聞こえて、隣にその人は座った。

「転校生だよ。荒北君」

前の席の子の言葉に視線がこちらに向いたのがわかる。
窓の外に向けていた視線を隣に向けながら口を開く。

「みょうじです」
「みょうじ…?」

視線が交わって、その人が目を見開く。

「みょうじ…なまえ…?」
「…荒北、靖友…」
「なんで、ここにいるノォ?…なまえ、チャン」

昔と変わらぬ声と呼び方に眉をしかめる。

「しかも、なにその髪色…」
彼の視線は私の灰色の髪に向けられる。

「関係ないんじゃない?」
「ハァ?」
「私がここにいる理由も髪色も…関係ないよね?」

もう、関係ないでしょ。
野球を失って、私を捨てた貴方にはもう…

「そうでしょ、荒北君」

見開かれた彼の瞳から視線を逸らし、窓の外を見つめた。





部活の朝練を終えて、少し遅れて教室に入れば空席だったはずの席に誰かが座っていた。
銀色…いや、灰色の髪が窓から吹き込む風に揺れている。

「俺の隣って誰かいたカァ?」

そう言いながら席に座れば前の席のやつが振り返る。

「転校生だよ。荒北君」

転校生…
こんな時期にか?
視線を隣に向ければゆっくりとこちらを見ながら口を開く。

「みょうじです」
「みょうじ…?」

聞き覚えのある苗字と声。
交わった視線に目を見開く。

「みょうじ…なまえ…?」
「…荒北、靖友…」
「なんで、ここにいるノォ?…なまえ、チャン」

目を見開いたのは俺だけじゃなかった。
昔のように名前を呼べばしかめられた眉。

「しかも、なにその髪色…」
「関係ないんじゃない?」
昔は綺麗な黒髪だった。
浮かんだ疑問が口から零れる。
でも返ってきたのは昔とは違って冷たい声だった。

「ハァ?」
「私がここにいる理由も髪色も…関係ないよね?」
彼女の返答に俺は言葉を失う。

「そうでしょ、荒北君」

彼女の視線は窓の外に向けられる。
荒北君。
昔とは違う呼び方。
それは明らかな…拒絶だった。

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