02
中学時代、荒北靖友は私の恋人だった。不器用で、素直な優しさはくれなかった。
それでも愛されていたと思うし、愛していた。
彼が怪我で野球を失うまでは。
野球が出来なくなった彼は私に一方的に別れを告げて、私の前から消えたのだ。
ごめん。
たった3文字の言葉と一緒に私は捨てられた。
そんな彼と再会してしまった高校3年の春―今日。
両耳のピアスがシャラシャラと音を立てるのを聞きながら帰路を歩く。
会いたくなかった。
忘れようと必死になっていたのに。
やっと忘れられると思ったのに。
どうして今更私の前に現れて、私の名前を呼ぶんだろう。
肩の辺りで毛先を遊ばせている灰色の髪をくしゃりと握りしめて溜息をつく。
「会いたくなかったなぁ…」
今更会って…どうしろって言うのさ…
過去には戻れないんだ。
私たちは前にしか進めない。
私たちがあの頃に戻ることは出来ないんだ。
自分の横を通り過ぎて行った凄いスピードの自転車。
その中の一人がこちらを振り返った。
遠くからでもその人が誰かわかってしまって。
どんどん離れていくその人から、目を逸らす。
「ごめんって…なに…」
止まっていた足を動かして、家へ歩いて行く。
「ただいま」
誰もいない部屋に入って鍵を閉めた。
段ボールだらけの部屋に置かれたソファに深く腰掛ける。
部屋の片づけしないとな…
頭の中でわかっていても体が動かない。
ずっしりと背中に何かがのしかかってる気がして、体の力を抜く。
目を閉じて小さく息を吐く。
浮かぶのは彼の驚いた顔と、荒北君と呼んだ時の悲しそうな顔。
「馬鹿じゃないの…」
その言葉は私に言ったのか、彼に言ったのか…
▽
みょうじチャンと喋ったのはあれだけだった。
それ以降、目を合わせることもなかった。
「…靖友、どうした?」
部室で溜息をついた俺の顔を新開が覗き込む。
「別ニィ」
「…別にっていう割に…暗いぞ」
「うっせ」
俺がみょうじチャンにしたことは許されることじゃない。
だから、拒絶されても仕方ない。
それでも…
「傷つくゼ…みょうじチャンよォ…」
乱暴に自分の髪をかき混ぜて立ち上がる。
こういうときは走るしかない。
気を紛らわせていないと死にそうになる。
珍しくやる気だとうるさい東堂達を無視してペダルを回していれば遠くに見えたハコガクの制服を着た女子。
遠目からでもすぐにわかってしまった。
「みょうじチャン…」
銀色の髪が風に揺れて、耳にいくつもの光。
ピアスも…開けてンのかよ…
「靖友?」
新開が俺の顔を見て首を傾げる。
「んだよ」
「…なんか、泣きそうだな」
「ハァ?んなわけ、あるかヨ」
彼女の横を通り過ぎ、振り返る。
「なんだ?知り合いか?」
俺のファンか?と嬉しそうな声で話す東堂を無視して、彼女を見る。
遠くからでも視線が交わったのが分かった。
でも、すぐに逸らされた瞳。
「みょうじ…」
「…荒北?どうした?腹でも痛いのか!?」
「うるせぇ…」
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