03
時計を見て溜息をつく。

「完全に遅刻だ…」

1時間目開始時刻を指した時計を見ながら溜息をつく。

のろのろと重たい体を引きずりながら準備をする。
朝食のウィダーを飲みながら足を進めた。
目にかかった灰色の髪を指先で弄りながら、見えてくる学校に登校2日目にして行きたくないという気持ちが増えていく。

「スイマセン、遅れました」

ガラッと教室のドアを開ければ視線はこちらに突き刺さる。

「おぉ、みょうじ。どうした?」
「…スイマセン」

気持ちの籠っていない謝罪を口にして彼の後ろを通り過ぎて自分の席に座る。

授業を再開した先生の声を聞きながら教科書を開いて、窓の外を見つめた。
曇った空をぼんやりと眺めながら溜息をつく。

女子にしてはシンプルすぎる黒いペンケースからシャーペンを取り出して、授業の内容を教科書に書きこんでいく。
入りきらなくなれば大きめな付箋に続きを書いて教科書に張り付ける。

隣から視線を感じるのを無視して、チャイムが鳴るのを待った。
授業を受け始めてから数十分。
チャイムが鳴り響く。
教科書を閉じて、立ち上がり足早に廊下に出た。

視界の端に彼が映り、胸が締め付けられるのは気のせいじゃない。

「席替え…しないかな…」

それから、休み時間の度に教室から逃げた。
彼の顔を見ないために、彼と話さないために。

ただの自己防衛。
なのに、こんなに締め付けられる胸はなんだろう。
どうして、こんなに苦しまないといけないんだろう。
どうして、どうしてどうして…

答えはわかってるけど認めたくなくて何度も何度も頭の中で疑問が浮かんでは消えていく。





遅れて学校に来たなまえチャンの顔色は酷く青白かった。
心配に思って声をかけようにも、こちらに視線を向けることはしない。

休み時間になれば足早に教室から姿を消す。

「やっぱ…嫌われたカナァ…」

頬杖をついて空いた隣の席を見つめる。

昔と変わらない。
教科書に書きこむ癖。
ノートは持ってなくて、あってもルーズリーフ。
話しを聞きながら窓の外に視線を向けるのも昔と変わらない。
その時に髪を耳にかける癖も変わってない。

けど右耳には4個のピアスがついていた。
俺に見えない左は何個かわからねェケド…
それは昔と変わったとこ。
それから灰色の髪。
…そして、何よりも…俺達の関係。

「また…靖友って呼んでくれねェカナァ…」

チャイムが鳴って、教室に戻ってきたなまえチャン。
机の上に教科書を開いて、鞄から取り出したスケッチブック。

筆箱から出てきたのは付き合い始めてすぐに彼女にプレゼントしたスケッチ用のシャーペン。
頬杖をついて、そのシャーペンが止まることなくスケッチブックの上を走る。

バレないように視線をなまえチャンの方に向ける。
昔と変わらない。
真剣な瞳。
けど、何よりも俺があげたものを使っていたのが嬉しかった。

欲しいものがあるかと聞いてシャーペンと答えるのはきっと彼女ぐらいだろう。

昔もよく授業中に絵を描いていた。
熱心に、絵を描く姿を見るのが好きだった。
昔のことを思い出せばやっぱり、あの頃に戻りたいと思ってしまう。
それがどれだけ身勝手なことだとしても好きだというこの気持ちはあの頃から変わることはない。
変えられなかった。

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