05
寮の部屋の中。
新開がためらってから口を開いた。

「靖友…話、聞いてもいいか?」
「聞いても面白いもンじゃねぇヨ」
「それでも…靖友が抱えてるよりは話した方が少しは楽だろ?」

ベットに腰かけて、椅子に座っている新開を見上げる。

「…そうだナァ…」
「俺でいいなら、聞く」
「なまえチャンは…中学の時に付き合ってた」

新開は静かに俺の話を聞いていた。

「中1の初めに…隣の席になったンだ。どこにでもいる普通のやつだと思ってた」



「荒北君、だっけ?私、みょうじなまえ。よろしくね」
「おう」

授業中、隣の席を見れば彼女は熱心に何かを描いていた。

「ねぇ、何描いてんノォ?」
「え?あぁ…絵、描いてるんだけど。見る?」

そう言って差し出されたスケッチブックの中には綺麗な風景画が描かれていた。
全部シャーペンで描かれているのに、色がわかるような気がした。

「上手いネ」
「そう?ありがと」

それからよく話すことが多くなった。
これといって共通の話題なんかないのに、しょうもない話をよくした。
その頃から俺はなまえチャンに好感があった。

中1の夏に入ったある日、部活を終えて忘れ物に気づいて教室に戻ったら彼女がいた。
窓際の机に座って、珍しく絵具で絵を描いていた。

綺麗な黒髪と透き通るような肌が夕日に照らされていて、俺はドアを開けてそこで立ちつくしていた。

「あれ…?荒北君?」

振り返った彼女に言葉を失った。
目が離せなくて、酷く心臓が高鳴ったんだ。

「え、荒北君?どうしたの?」
「あ、いや…何、描いてるノォ?」
「ん?夕陽。酷く綺麗だったから」

ニコリと微笑んだ彼女に近づいて膝の上にあるスケッチブックを見れば目の前に映る景色と同じ夕陽があった。

「綺麗…だネ」
「ホント?…ありがと」

嬉しそうに笑った彼女にまた胸が高鳴った。
その時初めて、自分が彼女を好きだと気付いた。
気づいてしまえば言葉にする以外に浮かばなくて。


「ねぇ、みょうじチャン…」
「なぁに?」
「好き…なんだケド」

俺の言葉に彼女は目を丸くした。

「好き…みてェなんだケド」
「え?あ…荒北君が、私を?」
「あぁ」

みょうじチャンの頬は夕陽のように真っ赤に染まった。


「私なんか…で、いいの?」
「俺はみょうじチャンがいい」
「…え、あ…えっと…よろしく、お願いします」

控えめに絡められた指先が、熱を持って顔を背けた。

「あ、荒北君…」
「ン?」
「好き、だよ」

そう言って笑ったみょうじチャンの髪を乱暴に撫でた。


それからよくみょうじチャンは俺の部活が終わるまで放課後の教室で待ってるようになった。
付き合いだしてから初めて俺が野球部だって知ったと言っていた。
彼女のスケッチブックの中には俺が増えていく。

「まァた、俺のこと描いてンノォ?」
「ダメ?靖友のこと描いてるの楽しいんだもん」
「あっそ」

俺達は上手くいっていた。
デートもしたし、いろんな話をした。

けど俺が怪我をして野球ができなくなって…全てが狂いだした。

「靖友は怪我をして…なまえちゃんと別れたの?なんで?」
「俺は…自信がなかった。野球をできなくなって、なまえチャンが俺を好きでいてくれる自信がなかった」

顔を伏せて言葉を続けた。

「ごめん、ってそう言って…なまえチャンの前から消えた」
「…けど、再会しちゃったのか?」
「アァ…先週…転入してきた」

容姿も変わって、俺達の関係も変わって。
目も合わせてもらえず、言葉も交わせない。

「それでも…俺はなまえチャンが好きなんダヨ」
「…そっか」

思い出せば溢れてくる君との思い出が酷く胸を締め付けていく。
でも、何よりも…

ごめんと、伝えたときに俺を見たあの表情が…
どうしても忘れられず俺の胸を締め付けた。

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