07
「ナァニ見てんノォ?」「ん?靖友だよ」
新開の言葉に首を傾げて、彼の手元を覗きこんで目を見開く。
「これ…」
「みょうじさんのスケッチブックだよ」
見るか?とこちらに差し出したスケッチブックを震える手で受け取る。
「なんで…テメェが…」
「教室にいたから話をしたんだ」
俺ばっかりが描かれたそのスケッチブック。
忘れもしない日々がそこに残っていた。
「なまえチャン…」
「なぁ、靖友…戻らなくていいのか?」
ページを捲っていた手が止まる。
唯一描きかけの俺の姿。
「これ…」
「みょうじさん、言ってたよ。野球をしてる姿は描けなかったって」
「ハァ?」
ボールを投げようとしてる姿の絵。
だが、その絵に顔が描かれていない。
「みょうじさんは…靖友が好きだったんだよ」
「知ってる」
「…そうじゃなくて、同じクラスの隣の席に座る靖友が好きだったんだよ。野球をしてる靖友を好きになったわけじゃない」
アイツは俺が野球部だってことを知らなかった。
それでも、俺を好きだと言ってくれた。
「…野球がなくても、みょうじさんは靖友の傍を離れたりなんかしなかった」
新開の言葉に何も言えずに、ページを捲っていく。
だが、知らない絵を見て手を止めた。
「…これ…」
右下に書かれた日付は俺となまえチャンが別れた後だった。
「どうした?」
「イヤ…」
そこに描かれたのは笑っている自分だった。
次のページも、その次のページも笑う自分が描かれていた。
「馬鹿じゃナァイ?なまえチャン…」
「靖友?」
「…俺なんか忘れて…幸せなりゃよかったんダヨ」
絵は卒業式の日を最後に描かれてはいなかった。
「ンで…待ってンだヨ」
「靖友…」
▽
彼はきっとあのスケッチブックを靖友に見せているだろう。
それでも私が彼に渡したのは…
「戻りたい、からかな…」
どうやったって私は彼を好きでいることは変わらない。
変われないのだ。
けど、あの頃に戻ることもできはしない。
だったら…ここからまた始めるしかない。
ソファに深く腰掛けて息を吐き出す。
目を閉じれば、思い出すのはやっぱり彼のことだった。
静かな部屋に鳴り響いたのは携帯の着信だった。
「もしもし」
テーブルの上の携帯を耳に当てる。
「…もしもし?」
『なまえチャン』
聞こえたのは、愛しい人の声だった。
「靖、友…」
『やっと…名前呼んでくれたネェ…』
「何か…用?」
静かな部屋に響いたのは私の弱々しい声だった。
『明日の…放課後…教室で待ってて欲しいンだケド』
「…うん」
『…じゃあ、またネ』
通話が切れた。
画面には靖友との通話時間がかかれていた。
「…番号、変えてないのね。…まぁ、私もか…」
乾いた笑みを零して、目を閉じた。
「声聞いただけなのに…」
どうして、こんなに胸が高鳴っているんだろう。
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