09
みょうじチャンは先輩にに囲まれて、レースの話をしている。たまに楽しそうに笑う姿に俺は眉を寄せて。
「なァンか…ムカつく」
昨日もそうだった。
みょうじチャンと新開が仲良く話してるのはなんだかイラついて。
彼女の笑顔を向けられないことがなんとなく、嫌だった。
「ねぇ、荒北君!!」
「ア?」
そんなことを考えながら雑誌を読んでいれば、先輩に囲まれていたはずのみょうじチャンが俺の目の前にいた。
「ナァニ?」
「走ろう」
「ハァ?」
彼女の突然の言葉に俺は固まって。
「…馬鹿デショ」
「え、なんで?」
「先輩達と話してたンじゃねェノォ?」
俺の言葉に彼女は目を丸くして、でもすぐに微笑む。
「話してたら走りたくなったの」
「…しょうがねェナァ…」
「やった!!早く行こうっ!!」
俺の手を引いて足早に歩く彼女の背中を見つめる。
イライラがなくなって、どこか満足してる自分。
なんとなく、気付いてしまった。
「好き…なのカァ…この、馬鹿を」
「なに?何か言った?」
「別ニィ」
思えば最初から。
俺が彼女に声をかけた日から、彼女を見たあの日から。
俺はきっと彼女に惹かれていたんだろう。
気付いてしまえばストンと胸が軽くなって。
俺は目を輝かせる彼女を見て、小さく笑って。
「ねェ、みょうじチャン」
「なに?」
「走り終わったら飯、行くカァ?」
わかってしまえば、遠慮する必要なんてない。
欲しいものはこの手で掴み取る。
ただ、それだけ。
「パスタ?いいお店知ってるよ?」
「マァタ?まァ、いいケド」
「決定!!あ、そのお店のローストビーフ凄く美味しいからおすすめー」
彼女はそう言って笑う。
「荒北君、お肉好きでしょ?」
「何で知ってンノォ?」
「見てればわかるよ。最近ずっと一緒にいるでしょ?」
彼女の笑顔にまた俺は笑ってしまう。
「そォだネェ。いいノォ?女の友達といなくて」
「いいのっ!!だって荒北君といるのが一番楽しいもん」
彼女は満面の笑みでそう言って、俺の手を引きながら歩いていく。
なァンでこういうことさらっと言うんダヨ、この自転車馬鹿は。
「あ、2人で夕飯ってデートっぽくない?」
「っ!?い、いつも一緒に昼飯食べてるじゃナァイ?」
「それとは何か違うじゃん!!楽しみだね、デート」
スキップしそうなほどに彼女は上機嫌で。
俺も柄にもなくテンションは上がっていた。
デートとか、さらっと言ってンじゃネェよ…
今まで気にしなかった言葉ひとつひとつに振り回されてたらきっといつか耐えられなくなるだろうな。
俺は小さくため息をついて、繋がれた手に少しだけ力を入れた。
▽
思い返してみれば荒北君と出会ってまだそんなに時間は過ぎていない。
今、当たり前のように隣にいてくれる彼は、少し前まではそこにはいなかった。
けど、彼が隣にいないなんて考えられないくらいに彼は私にとって必要な存在になってる気がする。
「おいしー」
パスタを食べながら頬を緩ませれば荒北君は笑う。
「なんで、笑うの!?」
「みょうじチャンって、自転車関係の次にパスタ食ってるときが幸せそうだなァって」
「幸せだよ。自転車の次にパスタが好き。自転車は不動の一位だけどね。それに、荒北君と一緒だと楽しいし」
笑いながらそう言えば、荒北君はため息をつく。
「そォいうこと、あんま言わない方がいいンじゃナァイ?」
「え?なんで?てか、荒北君にしか言わないよ」
「ハァ?」
荒北君は額に手を当ててさっきよりも大きなため息をついた。
「これだから不思議チャンは…」
「え、なに?私馬鹿にされてる?」
「逆に尊敬するヨ」
そう言って荒北君は笑って、私の頭を少しだけ乱暴な手つきで撫でた。
「髪ぐしゃぐしゃになっちゃうじゃん!!」
そう私が言えば女子にしては短い髪を荒北君が手櫛で直す。
「これでへーき」
荒北君はポンポンと私の頭を撫でて。
「荒北君ぐらいだよ?私の頭撫でるの」
「俺だけでいいンだよ」
満足そうに笑う荒北君に首を傾げる。
「よくわかんない」
「お馬鹿だからじゃナァイ?」
「また失礼なこと言うしっ!!ひどいなぁ」
頬を膨らませればごめんネェと彼は笑った。
何度目かわからないこのやり取りも私は結構好きだったりする。
別に馬鹿って言われて嬉しい訳じゃないけど。
この時の荒北君はひどく優しい瞳をしてるから。
荒北君が不良だったとか、本当に考えられない。
福富の言っていた言葉を思い出して、私はそう思った。
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