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「ねぇ、みょうじさん」
「なに?」
「ちょっと聞きたいことあるんだけど…いい?」

日課となりつつある荒北君とのランチ。
講義が終わったことを伝えようと、教室を出ながら携帯を片手に持っていた私を呼び止めたのは小柄でふわふわとした可愛らしい女の子だった。

「お昼の約束あるからそんなに時間は取れないけど、平気?」
「うん。すぐに済むから」

その人は静かに微笑み、視線をそらしながら口を開いた。

「あの、さ…みょうじさんって…荒北と付き合ってるの?」

彼女の微笑みに私は眉を寄せる。
こういうの前にもあった気がする。

「私、荒北と同じ高校でね。その頃からずっと好きで…」
「付き合ってないよ」
「なら…」

そうだ、あれは…
中学の時か。
従兄弟の隼人といつも一緒にいた私は女子数人に呼び出されて。

なんたらちゃんが新開君のことが好きだから離れてくれ、と言われた。
離れないなら貴女をハブく、と。

脅しを含んだその言葉に私は迷うこともなく言った。
ハブいていいよ、と。

「なら、あんまり仲良くしないで欲しいなぁ…なんて」

大学生にもなって言うことは変わらない。

「ごめん、そういうのは無理」
「え、でも…付き合ってないんだよね?」
「付き合ってるかどうかの問題じゃなくて。なんで、他人のために私が荒北君と離れないといけないの?」

持っていた携帯をポケットにしまって首を傾げる。

「じゃあ…私のこと紹介してくれない?」
「同じ高校なんでしょ?今更何を紹介するの?」

向こうに行ったときもあった、恋愛事。
あっちの人は積極的だからこういう裏でこそこそっていうのはなかった。
自分の力で振り向かせる努力をしている人たちは見ていていいものだと思ったし。
応援とかほんの少しの手伝いはしてあげたくなった。
だから、紹介したり一緒ご飯に誘ったり周りもしてた。

「好きなら自分で振り向かせたらいいじゃん」

けど、こういうのは嫌い。
この子のことなんて何も知らないけど、本当に努力をしていたならこんなことはきっと言わない。
同じ高校なら私を経由せずとも荒北君と話せるはずだし。

「そ、れは…」
「誰かに頼ろうとするその考え方、私は嫌い」

自転車は止まるも進むも自分の自由だ。
ペダルを回せば前に進める。
速く回せば、速く前に進む。
単純な話だけど、それが凄く難しいことを私は知ってる。
人間楽な方へ行きたがるから。
けど、それでも…私は前に進みたくて速くなりたくてがむしゃらにやってきたから。

「自分で前に進む努力をしない貴女に、私は絶対に協力しない」

彼女は唇を噛んで、視線を伏せた。

「それに、荒北君と一緒にいるの好きだから。離れるとか、考えられない」





講義が終わった時間。
いつもなら来るはずの彼女からのメールが来なくて。
みょうじチャンの使っている教室に向かう。

階段を上がって、曲がれば彼女の使う教室につく。
そんなとき、聞こえた声。

「自分で前に進む努力をしない貴女に、私は絶対に協力しない」

もう聞きなれてしまった彼女の声。
授業終わってるならメールしろヨって思いながら少しだけ歩調を速める。

「それに、荒北君と一緒にいるの好きだから。離れるとか、考えられない」

続けて聞こえたみょうじチャンの声。
つーか、俺の話?

そちらを覗きこめばみょうじチャンとどこか見覚えのある女子。

「そ、れって…荒北君のこと…好きってこと?」

みょうじチャンじゃない方の女子の言葉に、みょうじチャンのところに行こうとしていた足が止まった。

え、何の話してンノォ!?

「私は、恋とかしたことないからわからないけど…」
「な、にそれ…はっきり、してよ」

壁に背中を預けて、聞いてていいのかと首を傾げる。

「…荒北君のことねぇ。んー…パスタと同じくらいに好きだよ」
「え…パスタ…?」

人と食い物を比べてンじゃネェよ、って言いたいところだけど。
俺の顔は熱を帯びていく。

ずるずると壁に背をつけたまましゃがんで口元を押さえる。

彼女の中で自転車が一位なのはわかってた。
自転車に乗ってるときも見てるときも話してるときも、彼女はひどく幸せそうだから。
勝てるものではないと、わかっていた。
その次にパスタが好きだと、みょうじチャンは言っていた。
それと同じくらいってことは、自転車の次に俺を好きだと、言っている…ことになる。

「期待させンじゃねェよ…」

ポツリと呟いて、ため息をつく。

「人と食べ物比べるって…どういうこと?」

彼女の話し相手の女子の言葉は確かに尤もだ。
まァ、不思議チャンの自転車馬鹿だって知ってるから俺は納得したけど。

「人と物への好きって違うの?難しいなぁ…。あ、けど…」
「難しいって…」
「あぁ、けどね。物を除くって言うなら。私は荒北君のことが一番好きだよ」

みょうじチャンの言葉に赤く染まってるであろう顔を両膝に埋めた。

「馬鹿、じゃナァイ……?どんな顔して、会えって言うンダヨ」

相手の女子が黙っていて、みょうじチャンが続けて口を開いた。

「もし、貴女が付き合ってないから隣にいる資格がないって言うなら、私は彼と付き合うよ」
「なっ!!!?」
「まぁ、こんな曖昧な感じで荒北君に告白するのは私は嫌だから。貴女がそんなことを言わないことを願うんだけど…」

みょうじチャンの言葉に相手はやっと口を開いた。

「どう、して…だって私の方がずっと荒北を知ってるのに!!なんで、なんで!?なんで、貴女の方が近くにいるのよ」
「確かに私は彼のことほとんど知らないよ。出会って1ヶ月くらいしか経ってないもん。けど、それでも…私は彼が知りたいから毎日声をかけてる。ウザいって思われてるかもしれないけど、私は馬鹿だからさ。仲良くなる方法なんてそれくらいしか知らない」


遠回りなことも、何かに頼ることも私は苦手だから。と言ってみょうじチャンは笑った。

「自分の足でしか私は前に進めない。周りから見れば馬鹿って言われることかもしれないけどさ…人間関係ってそれくらいで丁度いいと、私は思ってるよ」
「そんな、風に…みんななれるわけじゃない」
「じゃあ、貴女は貴女の足で進めばいい。人に頼るんじゃなくてさ。貴女のやり方を見つければいい」

もう、行ってもいい?とみょうじチャンがこちらに歩いてきて。
でも途中で足を止めた。

「結局…全部、私の持論だからさ。貴女が人に頼りたいならそうすればいいんじゃない?」
「え…?」
「私は絶対に協力しないけどね。貴女がどうなろうが私には関係ないし。てか、まず…誰かも知らない貴女になんて興味ないもん」

最後の最後。
みょうじチャンはそう吐き捨てた。

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