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「あれ、荒北君?」

足音が近付いてきて、角を曲がる。
そして、俺のすぐ近くで止まった足音。

「馬鹿じゃナァイ?みょうじチャン…」

顔を上げずに言った言葉。
彼女はどんな顔してる?

「また馬鹿って言う!!ひどいなー」

いつも通りの彼女の言葉。
視線だけ彼女に向ければいつもの笑顔だった。

「迎えに来てくれたの?」
「まァ…」
「ありがと。もう、お腹空いちゃって」

さっきの話を俺が聞いてたことをみょうじチャンは知らない。
けど、俺は知ってしまったから。
好きだと、自覚してすぐにあんなことを言われれば自惚れるし、期待する。

「ねェ…みょうじチャン」
「ん?」
「俺と…付き合わネェ?」

恐る恐る顔を上げて彼女を見れば、目を丸くていて。

「荒北君?え。え!?」
「好きダヨ。みょうじチャンのコト」

俺の前に立っている彼女の手を握る。
俺の手にすっぽりと収まる小さな手。
けど、所々まめができていて。
努力してきた彼女の手をぎゅっと握りしめて。

「好き」

目を見て告げたその言葉にみょうじチャンは困った顔をした。

「恋愛とかよくわかんない」
「馬鹿だもんネェ、みょうじチャン」
「自転車を愛してる」

知ってる。
そう言えば彼女は私、馬鹿だよって言って。
それも知ってると言えば彼女は俺の手をぎゅっと握り返した。

「パスタも好き」
「毎日食ってるよナァ…」
「うん」

幸せそうに彼女が笑って、けどねと呟く。

「荒北君とも毎日会ってるよ」
「日曜は?」
「電話してる。いつも自転車の話してるけどね」

そォだナァ、なんて。
そう言えば、彼女の声を聞かない日はない気がする。
出会って1ヶ月くらいなのに。
俺のなかに彼女の居場所があって。
福チャンでも1ヶ月でこんなに気を許したりしてない…気がする。

「荒北君といるの楽しいんだ」
「俺も」
「こんなの初めてだよ。自転車とパスタ以外に興味なかった。友達だっていなくてよかった」

自転車があれば一人でよかったと彼女は笑って。

「新開と福富チャンは?」
「自転車乗ってるから。けど、電話はしないし。毎日一緒にご飯なんて食べたことない」
「一人飯?」
「自転車乗りながら」

やっぱり自転車馬鹿だ。
けど、そんな彼女を好きになった。

「私ね、人といて楽しいって初めてだよ。離れたくないし、誰かに邪魔されるのも嫌だなぁって思う」
「俺も邪魔されたくねェナァ。金城は…まァ許す」
「ねぇ、もしね。これを世の中で恋と呼んでるなら」

そこで言葉を切って、視線を交わらせる。

「私は、荒北君に恋をしてるよ」

繋いでいた手を引いて、彼女の背中に反対の手を回す。

「…スゲェ、好き」
「私は自転車の次に好き」
「そこは普通に好きって答えろヨ、馬鹿」

彼女の肩に額を乗せれば俺がいつもするみたいにみょうじチャンが髪を撫でて。

「いつものお返しね」

体を離せば彼女は自転車の話をしてるときと同じ顔をして笑っていた。

「改めて、よろしくね。靖友君」
「なっ!?」

お腹空いたからご飯行くよって俺の手を引きながら歩く彼女の耳が赤くなっていて。

「照れてンじゃネェか、なまえチャン」
「それは言わないのが優しさなんじゃないの?」
「知らねネェ」

ムッとしてでもすぐに笑って。

「靖友君も顔赤い」
「うっせ」





彼女と付き合い始めて数日。
自転車屋で偶然、新開と福チャンと会った。

「なまえと靖友じゃないか」
「「げっ」」
「二人してひどいな…」

なまえチャンは何でいんの?と新開に問いかける。

「ちょっと足りないものがあったんだ。なまえは?」
「私もそんなとこだよ。靖友君は私の付き添い」

名前を呼ぶのにはもう慣れたなまえチャン。
けど、新開は目を丸くしていて。

「え、いつの間に名前呼びになったんだ?」
「この間だよ。ね?」
「あァ」

新開は俺たちをじっと見つめて。

「もしかして…付き合ってたり…しないよな?」
「付き合ってるけど」
「だよな…て、は!?」

目を瞬かせる新開をよそに福チャンはそうか、おめでとうと言う。

「サンキュ、福チャン」
「ありがとねぇ」
「もしかしたらと思ったけど…マジか」

ビックリだな、と新開は笑って携帯を取り出す。

「尽八に連絡する」
「ヤメロ、絶対うぜェ」

想像して俺がため息をつけばなまえチャンが首を傾げる。

「尽八って誰?」
「あー…めんどくせェ奴?」
「会いたくないね」

なまえチャンはへらっと笑って俺の手を握る。

「ね、走りに行こう」
「ハァ?」
「自転車見てたら我慢できなくなった」

こういうところは全く変わらなくて、仕方ネェなと彼女の髪を撫でる。

「じゃあね、2人とも」
「またネェ、福チャン」

ヒラヒラと手を振って、なまえチャンの隣に並ぶ。

「走る前に飯」
「あ、ステーキ美味しいお店聞いたんだ。行く?」
「パスタはいいノォ?」
「パスタもあるって」


隣に並んで話している2人の背中を見つめてポツリと呟く。

「お似合いだな、靖友となまえ」
「そうだな」

寿一はどこか嬉しそうで俺も頬が緩んだ。

「幸せになれよー」

2人の背中にそう言えば2人が顔を見合わせて。

「幸せだよ」
「柄じゃねェケド俺も」

2人はそう言って、笑った

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