10
大泣きした私の紅く腫れた目を呆れたような顔をしながら撫でる蛍。「そうやって感情を露わにしてるほうがなまえらしいよ」
「なに、それ…」
「そういうなまえに、僕は惚れたんだから」
は?
悪戯が成功した子供のような顔で笑った蛍が私の頭を数回撫でる。
「よく、頑張ったね」
「子ども扱いすんな」
「子供デショ」
チャイムが鳴ったのが聞こえる。
「サボりだ…」
「部長に怒られるかも」
少し顔を引き攣らせた蛍にクスクスと笑う。
「その時は、私も謝るよ」
「当然でしょ?なまえのためにこんなことしてんだから」
「頼んでないけど?」
私の言葉に蛍は溜息をつく。
「素直に助けてって言いなよ。可愛くない」
「そんな可愛くないのに惚れたのは蛍でしょ?」
「まぁね。けど、なまえもそんな僕が好きなんでしょ」
疑問形ですらないその言葉に溜息をつく。
「自意識過剰じゃない?」
「否定しないくせに」
「うるさい」
久々に触れた蛍の温度。
素直じゃない優しさは…あの頃から変わらない。
「なまえ」
「…なに?」
「リストカットは、もうやめてよ」
掴まれた腕の制服の裾を少しずらした蛍が傷痕を撫でる。
「…自分で止められるものじゃないよ。もう、病気だから」
「切りたくなったら僕のとこに来ればいいよ。止めてあげる」
「…うん」
それから、と蛍が言葉を続ける。
「ご飯…僕も手伝うから少しずつ食べられるようになろう?」
「うん…」
「まぁ、どうすればいいのかわかんないケド。時間を掛けてでもいいから」
そういって蛍は珍しく微笑んだ。
▽
「え?なまえ、月島君と付き合ってるの?」
「あ、うん。少し前から…」
「えーっもっと早く教えてよ!!」
キャーキャーと騒ぐ女子に首を傾げる。
「好きだったんじゃないの?てっきり、怒られるのかと…」
「好きと言うよりは目の保養みたいな?けどなまえと月島君って美男美女すぎて…」
「そんなことないけど…」
あの日から、少しずつご飯を食べる練習とリストカットをやめる努力をし始めた。
冷たいことばかり言うけど傍にいるという言葉は嘘ではなかったらしく、いつも私を気にかけてくれるようになった。
「なまえ」
教室に響いた蛍の声に周りの女子が静かになる。
「え、今なまえって呼んだ?」
「いつもそうだよ」
「ちょ、何それ!!?聞いてないよ!!」
目を丸くする彼女たちに笑顔を見せてからドアの横に立つ蛍に駆け寄る。
「どうかした?」
「お昼、屋上ね」
「ん、わかった。わざわざそれ言いに来たの?」
後ろで騒ぐ女子に蛍は眉を寄せてから、首を横に振る。
「僕の数学の教科書、なまえの鞄に入ってない?」
「数学の教科書?」
「昨日なまえの部屋で宿題したデショ?間違ってそっちに交ざってるかもしれない」
ちょっと待っててと自分の席に戻って鞄を開けて探してみれば数学の教科書が2冊入っている。
「ごめん、入ってた」
「やっぱり」
「はい。わざわざごめんね」
教科書を渡して謝罪の言葉を口にすれば何か思いついたのかニヤリと笑う。
「な、なに…?」
「帰りケーキ食べに行こうか。デート、しよ?」
「蛍の部活待ってろってこと?てか、食べれないの分かってて言ってるよね?」
私の反論を無視してバイバイと手を振って歩いて行く蛍に溜息をつく。
バイトはやめたから別にいいのだけど…
「美味しそうに食べるからムカつくんだよね」
早く食べれるようになりたい…
「ちょっと、なまえ!!なにあれ、ラブラブなの?」
「いや、そんなことないと思うけど」
「なまえと蛍って呼び合ってんの!?ヤバい、なにそれ可愛い!!」
テンション高めな友人たちに苦笑しながら蛍の歩いて行った方に視線を向ける。
「…結局、助けられてばっかり…だね」
彼のおかげで、昔みたいに笑えるようになった気がする。
気持ち悪い笑顔だと、言われなくなったから。
「ありがと」
小さくそう呟いて微笑む。
私を隠していた笑顔の仮面は音を立てて崩れた気がした。
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