01
人に好かれるのは嫌いじゃない。
好きと言ってくれる女の子のたちは可愛いし、素直に嬉しいと感じる。

けど、どうしても。
これだけは好きになれなかった。

「じゃ、じゃあ…キス、だけでもしてもらえませんか?ファーストキスは…及川くんがよくて…」

潤んだ瞳は俺を見て、ふるふると体は震える。
それを断ったら泣いちゃうんだろうな、なんて思った。

「目…閉じて」

重ねた唇。
この行為が特別じゃなくなったのはいつだっただろうか。

「ありがとうございました」

頬に一滴の涙が伝い、女の子は走って去っていく。

ジャージの袖で口を拭ってそこにしゃがみこむ。

泣きそうになるのはなんでだろう。
キスをしたあとはどうにも上手く笑えなくて。

膝に顔を埋めて息を吐き出した。

「大丈夫?」

頭上から落ちてきた声。
視線を少しだけそちらに向ければジャージが見える。

「ごめんね。今はあんまり相手してあげられないな〜」

いつも通り。
いつも通り、伝えたのに彼女はそこから動こうとはしなくて。

「たからっ「なんで」え?」

今は相手できない、と言おうとした俺の言葉を遮った彼女の声。

「なんで、我慢してるの?」
「え?何言って…」

彼女の顔を見ればどこか辛そうに眉を寄せていた。

「泣きたいなら泣けばいいのに」

どうして、知ってるんだとか。
どうして、君がそんな顔をしてるんだとか。
言いたいことなんてたくさんあったのに頬に伝った涙。
その一筋の涙が堰を切ったようでボロボロと涙が零れてくる。

「ご、めっ」

確かに泣きそうだった。
けど、本当に泣くとは思ってなかった。

涙を拭っていれば頭の上に何かが乗せられて。
頬に触れた柔らかな感触。

「まだ使ってないから。使って」

頭に乗せられた薄い青色のタオルをぎゅっと握りしめて、涙で濡れる目を押し付けた。

「泣きたいときは…泣いていいと思う」

声を押し殺して、顔をタオルに押し付ける。
こんなに泣くのはいつぶりだろうか。

「…私、部活の途中だから」
「あ、りがと…」

タオルに顔を押し付けたまま言った言葉が届いたかはわからないけど。
彼女の足音はゆっくりと離れていった。

やっと涙が止まったときには目は重くて。
きっと悲惨な顔をしてるだろう。

「部活…行かないと…」

ゆるゆると立ち上がってため息をつく。
泣きすぎて頭痛い。

「及川ぁぁあ!!」
「うぎゃっ」

俺の背中に直撃したボール。
振り返れば岩ちゃんが眉を寄せて立っていた。

「いつまでサボってんだ、テメェ」
「ごめんね〜」
「……お前、泣いたのか?」

俺の顔を見て岩ちゃんは目を丸くして。

「ちょっと、ね」
「悲惨な顔だな」
「ひどっ!!」

顔洗ってからさっさと来い、と言い残して岩ちゃんは戻っていく。

「ありがとねー岩ちゃん!!」
「うざっ」

顔を洗って、はっきりとした視界。
薄い青色のタオルを見て、洗って返さないとと考える。

けど、さっきの子が誰かわからない。
ジャージを着た真っ黒な長髪をポニーテールにした女の子。

ここに来るってことはグラウンドで部活をしてる。

「陸上…とか?」

…また会って、さっき聞けなかったことを聞かないと。

「俺が泣いたことも口止め…できるかな〜…」





顔を膝に埋めて、うずくまっている彼を見るのは初めてではなかった。
いつもはその姿を見ても目をそらすのに。
今日はどうしてもそれが出来なかった。

「大丈夫?」

私の声に少しだけ体を揺らして。
今は相手をしてあげられないと彼は言う。
その声は震えていて私は眉を寄せた。

人を突き放そうとする彼の言葉を遮って吐き出した言葉に彼は私に視線を向けた。
ゆらゆらと迷子の子供のように揺れる瞳。
悲しそうで泣きそうで。

「泣きたいなら泣けばいいのに」

私の言葉のすぐあとに頬に伝った涙。
綺麗だと、思った。

けど、ずっと見ているのは忍びなくて手に持っていたタオルを彼の頭にかける。
声を押し殺して泣いている彼から視線を逸らして部活に戻ることを告げてその場を離れる。

「嫌いだなぁ…あぁいうの」

私はポツリと呟いて、部活に戻った。
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